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契約結婚とあの日の事実は
「僕に並んで歩いて、変におどおどしないで普段のようにね」
そう言って私の隣に寄り添うように歩く郁人君、彼の服で隠してあるが私の両手首は今もガムテープで巻かれたままだった。
連れて来られたのは町外れにある少し古いホテルで、中に入るとすぐに愛想の悪い女性が郁人君に部屋のキーを渡してきた。
その女性が一瞬だけ私に視線を向けたが、すぐに何もなかったかのようにそっぽを向いてしまう。
……この人は私の状態に気付いているはずなのに、あえて見ないふりをした?
「無駄だよ、ここで助けを求めても。大人しくついて来て」
郁人君の冷たい声を聴きながら女性に目を向けると、彼女はそそくさと奥に行ってしまう。つまり……ここの人たちに助けを求めるのは難しい、という事なのかもしれない。
エレベーターで三階に昇り、一番端の部屋の鍵を開け私を中へと入らせる。郁人君はそのまま中から鍵をかけて、鞄の中から出したチェーンをドアノブに巻き付けた。
「まあ、こんなのあの男には意味がないだろうけど念のためにね」
「あの男……?」
郁人君は誰かを警戒している、それは何となく分かった。
「鏡谷 匡介だよ、アイツは前も僕と杏凛ちゃんの二人の時間の邪魔をして……! しかもあの男は君の記憶が無い事を良いことに、強引に結婚までしたんだ」
忌々しいと言わんばかりに歪んだ郁人君の表情は、私の知っている彼ではない。匡介さんとの結婚だって、私は無理強いされたわけでもないのに……
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