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ぐっと肩に爪が喰い込んでくる痛みに顔を顰めれば、郁人君が少しだけ満足気な笑みを浮かべる。まるで自分の言動に私がこうして反応する事を喜んでいるかのように。
こんな事で彼を喜ばせるつもりはない。そう思って痛みを堪えて見せようとするが、喰い込む爪の力と悔しさに涙が浮かんできそうになってしまった。
「そのまま泣いてよ、杏凛ちゃん。これからは俺だけの前で、俺のだけのために」
「誰が、貴方なんかのために! 私が泣くのは……」
私が泣きたいのは誰の前か、誰のためにか。そう思ったとき頭に浮かんだのはたった一人、匡介さんだけだった。誰より泣きたいときに傍にいて欲しいのは、間違いなく夫である彼なんだって。
……たとえ彼にとって私が期間限定のただの契約妻だったとしても。それでもきっと、彼はここに私を助けに来てくれるはずだから。
匡介さんには私が知らない事をたくさん隠している。きっとそれは郁人君のことだけでなく他にももっと、だけどそれは全て私の為かもしれなくて……
ちゃんと知りたいこと話し合いたいことはたくさんある。でもそれは、後からでも遅くないから。
「絶対泣かないわ、匡介さんがここに来てくれるまで。私は郁人君が何を言っても自分の夫を信じてるから!」
今までにないほど強い意志を込めて郁人君を睨めば、彼は一気に怒りの感情を爆発させ私に手を上げようとする。襲ってくる衝撃と痛みに私が身をすくめると同時に、ガァン!!っと大きな音がして分厚い鉄の扉が開かれた。
「杏凛!!」
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