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慌てて名前を呼ばれた方を見れば……どれだけ力いっぱい蹴り開けたのか、べコリと真ん中が凹んだ扉。その横で真っ直ぐにこちらを睨みつける匡介さんは、私が今までに見たことのない顔をしていた。
もともと愛想の良い人じゃないのは分かってる、でもこんな風に鋭く攻撃的な視線を向けてくる彼は知らなかった。
「匡介さん! ごめんなさい、私……」
「やっぱり来たんだな、鏡谷 匡介。予定より早いけど……まあ、仕方ないか」
今回郁人君に捕まってしまったのは、私がきちんと気を付けていなかったことが原因だ。だからすぐに出てきたのは彼への謝罪の言葉だったのに、そんな私の様子を見て匡介さんは少し傷付いたような表情をする。
そんな私たちを馬鹿にしたように、郁人君は掴んだままだった私の肩を引き寄せ大きな窓の傍へと連れて行く。
「……よせ、妻に何をするつもりだ? 今さら何をしたってお前が杏凛の心を手に入れるなんて出来ないことは分かるだろう?」
低く唸るような声、いつも聞いている匡介さんのそれとは違う。ジリジリとした痛さを感じる様なその圧に、普段は冷静な匡介さんがどれだけ怒っているのかを嫌でも感じ取れた。
……私の背中を伝う汗はこれから何をする気なのか分からない郁人君への恐怖からなのか、それとも今まで見たことも無い夫の一面を知ってしまった緊張からか。
「……愛の無い結婚で、杏凛ちゃんの心が手に入れられないのはお前もだろう? なあ、鏡谷 匡介」
片手に小さなナイフと何かのリモコンを持ったまま、私の首に腕を回した郁人君は楽しそうに笑う。それを聞いた匡介さんの表情が少し苦しげに歪んだ気がした。
……違う、郁人君と匡介さんは私にとって同じじゃない!
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