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「風呂の準備をしてくる、今日は湯船に浸かって休むといい。色んな事があったんだ、杏凛も疲れているだろう」
近くのレストランで簡単な食事を済ませて家に帰ると、匡介さんはすぐにそう言ってバスルームへと向かおうとする。そんな彼のシャツに慌てて手を伸ばし、私から離れようとする匡介さんを引き止めた。
「……杏凛?」
匡介さんは少し驚いた顔をしているが、そんな事には構っていられなかった。お風呂なんて後回しでいい、私はちゃんと匡介さんに確かめなければいけないことがあるもの。
あの時、郁人君は私が知らない匡介さんの話をした。それがどこまで事実なのか、そして私たちの契約結婚と今回の事件に何の関係があるのか……今、ハッキリさせないといけない。
「……記憶が戻ったの、あの事件の日の私の記憶が」
「そうか、多分そうなんだろうと思っていた」
私の言葉に匡介さんは少しも驚いた様子は見せない、まるでこの会話も彼の中ではすでに予想していたかのように。色んな可能性を考えどう対処するのか、決められていたかのような匡介さんの態度に胸が痛くなる。
……この人は、いったいいつから私の事を?
それが私への好意なのかそれとも同情なのか、それすらも分からないのに。優しすぎる形だけの夫と言う存在に、私はまた心の奥が苦しくなっていく。
私の中で匡介さんは契約というだけの存在じゃない、もうそれに気付いてしまったのに。
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