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「入院するつもりも無いです、そこまでするほど困ってませんから」
そんな私の答えを分かっていたかのように匡介さんはもう一度スマホを取り出し操作していた。いったい彼は何がしたいの? 訳が分からず匡介さんを見つめると……
「悪いが着替えてくれ、君をこれからある所へ連れて行く。ある程度の準備は出来ているから、杏凛は外に出る用意さえしてくれれば良い」
「ちょっと待って、私はまだ……!」
匡介さんの言う準備とは何のことなのか、私をどこに連れて行くのかも話さないまま彼はさっさと部屋から出て行ってしまう。こんなに匡介さんが何を考えているのか分からないのは久しぶりの事だった。
それでも何か訳があるのかもしれないと、クローゼットから服を取り出し出掛ける用意を始める。顔を洗って鏡の前に座れば、はっきりとわかる目の下の隈。
……こんな姿を見せられ続ければ、匡介さんだって苦しかったのかもしれない。そう思うと自分の意見だけを押し通すのは出来ない気がした。
「準備出来ました……」
「ああ、じゃあ行こう。外に車を用意させている」
普段は匡介さんが運転するのに今日は他の人に運転を頼んだらしく、彼は私と一緒に後部座席に乗り込んだ。そんな所にも違和感を感じながら、私は匡介さんに身体を抱き寄せられる形で座っていた。
「これからどこに行くんですか……?」
「杏凛は何も心配しなくていい、君の心が落ち着ける場所に連れて行くから」
走り出した車の中、私はそれ以上匡介さんに聞くことも出来ないまま。ただ優しく重ねられた彼の手のひらの温度に集中しているしかなかった。
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