契約結婚の相手が彼なんて

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 もしかしたら匡介(きょうすけ)さんから名前を呼ばれたのさえ初めてだったかもしれない、彼の低く男らしい声で「杏凛(あんり)」と。  あの人が私の名前を知っていた事にも驚いたけれど、迷いもなく私の事を呼び捨てだなんて。 「変な人よね、本当に……」  渡された書類を端に避けて、コテンと額を机に当ててみる。私の事を好きなわけでもないくせに、祖父の会社を助けるために契約結婚を提案してくるなんて。  ……匡介さんはいったい何を考えているの? きっと他に何か私と契約結婚をする理由があるはずだと思った。 「契約、だものね」  私の事を好きなのならば【契約結婚】である必要はない。つまり……私は三年間だけの彼にとって都合のいい妻と言う名前だけの存在なのでしょう。  ……それでも、私は祖父の会社を立て直すためならばそれでいいと彼の手を取ってしまった。 「嫌なら断って構わないの、おじい様だって杏凛に無理な結婚をさせてまで会社を立て直したいなんて思わないはずよ?」  私の部屋に入って来た母は心配そうにそう言ってくれたけれど、私は祖父の事が大好きだし尊敬もしてる。あの会社を誰より大切にしてきたのを知ってるから、力になりたかった。 「大丈夫、匡介さんなら子供のころから知っている人だし安心じゃない。そんなに心配しないで?」  そう言って微笑めば、母はホッとした顔をする。なんだかんだで両親は私が匡介さんと結婚することを望んでいるようだった。
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