4『グッドラック!!』

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4『グッドラック!!』

シャボン玉創立記念日・4『グッドラック!!』   大橋むつお 時・ 現代ある年の秋 所・ 町野中学校 人物・ 岸本夏子   中三 水本あき   中三 池島令    町野中の卒業生歌手 池島泉    令の娘、十七、八歳 泉: お母さんが言いたかったのは、ここ。いつまでもそれじゃだめだってこと! 補習いやさにジャズ始めたら、楽しくってたまんなくなっちゃうって映画あったよね、スウイング……なんとか……彼といっしょにいたい、そこからでいいんだよ。それで歌が好きなら……あたしの母さんね、ほんとは役者になりたかったの。 夏子: でも、時々ドラマとか出てるでしょ? 泉: それは副業。本業はあくまでジャズシンガー。 夏子: その役者志望がどうして…… 泉: 彼が役者だったの。ある時、デートしてて、会話が途切れちゃってさ。そう、横浜の山下公園、そこで彼が、不慣れな歌の話をしたの。男ってカッコつけたいときって、あるじゃん。「かもめの水兵さん」て知ってる? あき: 知ってます(歌う)かもめの水兵さん、ならんだ水兵さん(ここから泉も和して)白い帽子、白いシャツ、波にチャプチャプ浮かんでる。 二人: アハハハ…… 泉: お互い古い歌知ってるね。 あき: 泉さんも…… 泉: お母さんとは、ちょっと趣味ちがうけどね。  夏子: あたし、それ知らない。 泉: ちょうどいい、今の歌、どんなふうに聞こえた? 夏子: えと、カモメがチャプチャプ。無邪気に子供が水遊びしてるみたいな…… 泉: 楽しい歌でしょ? 夏子: はい、保育所の生活発表会みたいな。 泉: あたしも、いい童謡だと思う。この歌に関してはお母さんと趣味一致。それがね、その彼は反戦歌だって言うの。 二人: ハンセンカ? 泉: 戦争に反対する暗い歌。軍歌と同じくらいあたしは嫌い。 夏子: どうして、そんな風に聞こえるんですか? 泉: この歌、ゆっくり歌うとね、特に最後のとこ(歌う)波にチャプチャプうかんでる…… 夏子: 変なの…… 泉: でしょ。母さんの彼は、戦争で死んだ水兵さんの死体が浮いている姿を歌い込んだもんだって、知ったかぶりするわけよ。 夏子: 嘘でしょ、この歌は絶対そんな歌じゃない 泉: そう、お母さんもそう言った。昔、そういうひねくれた感覚で芝居すんのが流行ったんだって。彼も、ちょっと気の利いた話しをするつもりで、ついホラふいたんでしょうね。 あき: それは歌を侮辱しています! 泉: そう怒るのは、あんたが歌を愛してるからよ! 広く言えば、お母さんや、あたしたちと同じ仲間だってこと。むろん、杉村君もね。 あき: で、お母さんは、どうしたんですか? わたし、そっちの方も興味津々!? 泉: 若かったのね、彼氏と別れたのはもちろんのこと、お芝居までやめちゃった。……若い頃って、許せないとか悪いとか思っちゃうと、ハサミでものをちょん切るように切っちゃう……と、うちのお母さんは言うわけ。でもこの彼氏って、けっきょくあたしのお父さんになるんだよ。 二人: ……え!? 泉: それから、切れた二人は方やジャズ、方やお芝居をグルグルっと遠回りして、三年後に出会ってくっつき直したってわけよ、おかげで娘のあたしは……どう、あき、ちっとは気が変わった? あき: はい、自信がわいてきました! 上原先生に、きちんと話してきます。 夏子: むろん、杉の森だろ!? あき: もちろん! あ、泉さん、これからも手紙とか出していいですか? 泉: メールでいいよ、手紙書くの大変だろ? あき: わたしって、そういうとこ古風なんです。 泉: あたし筆不精だから三度に一回くらいしか出せない……電話でもいい? あき: もちろん! 夏子: 住所とか電話は、わたしが伝えておくから、早く行かないと職会はじまって、杉の森ら外されちゃうよ。今日は進路調整のための職会だから。 あき: じゃ、また手紙書きます、ありがとうございました! じゃ夏子また明日! 夏子: え、ほんとに急いでたの? あき: うん、明日婆ちゃんの法事だから、ごめん、じゃ、失礼します!(下手に退場)    しばらく見送ったあと泉は上手正面方向に、両手で大きな○を示す。 夏子: 何してるんですか? 泉: 杉村君に成果を報告してんのよ。(大声で)グッドラック!! 夏子: 杉村君、知ってたんですかこのこと? 泉: 彼も、あきに負けないくらい好きなのよあきのこと。青い顔して上原先生に……夏子君と同じこと言われてた「人の問題に首を突っ込むな」それで、一肌脱いじゃったのよ。 夏子: じゃ、お母さんに頼まれたってのは? 泉: 本当だよ、「正しく伝わるように話といて」そう言った。でも、お母さんは一枚上手……のつもり。 夏子: え?  泉: これ、あたしの名刺、あきに渡しといて。 夏子: はい。これ、あきのアドレスとか住所とか…… 泉: はいはい……はい。(素早く自分の携帯にうちこむ) 夏子: あの、泉さん? 泉: え? 夏子: この肩書きに書いてあるニートってなんですか? ニート・池島泉…… 泉: へへ、すねっかじりをキザに書いただけさ……わからない?これといった仕事もしないでブラブラしてる奴のこと。 夏子: だって、泉さんは、お母さんのアシスタントやスタッフのお仕事を……    泉: 何もしないで食わしてもらうわけにもいかないしさ……わたしに合うようなシャボン玉がまだ見つからないの。あたし高一で中退したから、資格は中卒……ほらほら、そういう珍しい動物を見るような目で人を見ちゃいけません。                夏子: ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ…… 泉: お母さんは何かさせたいことがあるみたいだけど、ぜったい言わない。 夏子: 自分のしたいことは自分で見つけるしかないから。自分もそうやって生きてきたからね、今さら娘にはいえないでしょ。だから、こうやって自分の仕事にひきまわしていろいろパシリをさせるわけ。その中からなにかをつかむだろうって…… 夏子: わたしみたいに、なんとなく高校いっちゃうのは軽蔑します? 泉: しないしない、遅い早いの違いだけだから。ただ、こういうあたしを軽蔑する奴をあたしは軽蔑蔑する。 夏子: あ…… 泉: どうかした? 夏子: この名刺、手描きじゃないですか?! 泉: え、うそ……ほんとだ、原版だ。 夏子: 原版? 泉: うん、半年くらいで新しい名刺に替えてるの。原版は、ここ一番大切な時とか人用に…… 夏子: 返しましょうか……? 泉: いいよ、無意識だったけど、今日は、とっても大切な出会いの日だったのかもしれない……だからひょいと手描きの原版を……ハハハ、今日は創立記念日だ、ひょっとして。 夏子: はい? 泉: 新しいいろんなもの、目標とか、友情とか、勇気とか、愛情とか……ま、とにかく諸々の創立記念日(インカムから声がする)わかった今いく。撤収の準備ができたみたい。夏子、家はどこだ? 夏子: 駅前東の団地です。 泉: よし、途中までのっけてやろう。ただし、トラックの荷台だけどな。 夏子: ほんと? 嬉しい! 泉: じゃ、あたしは荷物とってくるから、裏門のトラックのところで落ちあおう、じゃあな!(元気よく上手に去る) 夏子: はーい!……こうやって、創立記念日の陽は西の山並の中、穏やかにやすらごうとしております。東の空には気の早い星々が、この記念日を言祝ぐように煌めきはじめております。そう、わたしにも、この岸本夏子にも、ほんとうは胸に秘めた夢があります。今日は、それが宵の明星のように、かすかに、でも、くっきりと輝いたような気がします。今日は、そんなわたしたちの目出たいシャボン玉創立記念日の良き一日でした(裏門とおぼしきあたりからトラックのクラクション)はーい、今行きます!  夏子のこの独白の最初あたりから、エンディングのテーマFIし。最後、夏子が今一度惜しむように、まぶしく西空をあおぎ、上手にゆるゆると駆け出したところで、急速にFUし、幕が降りる。     
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