茉里さんは答えをくれない

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「別にいいんすよ。五十万稼いだらすぐに辞めるし」  給料はおいしいが、やっぱり面倒だ。連れと遊ぶ時間も減る。 「ふうん。そっかあ。どうせ辞めるってわかったら、何か真面目に指導するの嫌になってくるなぁ」  嫌味な声をあげる茉里さん。あれ、怒らせてしまったか? 何か取り繕わなくてはと思った。 「でも、学生のバイトなんてそんなもんでしょ? 少なくとも、高校卒業したら絶対辞めていくわけだし」 「まあね」 「それよりも俺は、茉里さんみたいな人がなんでこんなホームセンターで正社員やってるのかってほうが不思議なんすけど」  性格的に何か問題があるわけでもなく、どちらかといえば社交的な部類の若い女性が、嫌々でもなく、こんなしょうもないところで働いていることに違和感を覚えている。バイトを始めた頃からずっと。  関心を込めた視線を送ると、彼女はやはり、意味深な笑みを作るのだった。 「別に不思議なんてないでしょ。大人の大半はどこかの企業でサラリーマンやってる。それだけのことじゃん?」  求めていた回答ではなかった。どころか煙に巻かれたのだ。  やっぱり茉里さんは答えをくれない――。  仕事に対する不平不満のようなものは、彼女からは一切態度に出てこない。かといって、仕事に没頭しているのかというと、そういう雰囲気もない。どっちかというとドライで、職場を出ればプライベートな付き合いはないのだ。  他のバイトたちが閉店後に遊びに行こうと、茉里さんはそそくさと帰ってしまう。  何か理由があるのか? たとえば同棲中の彼氏がいるとか――。  茉里さんは俺にとって、何かと興味を奪われる不思議な大人だった。
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