笑顔、忘れんなよ

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 恵茉が帰った後、しばらく誰もいない校門前を眺めてから帰路に着いた。  少し歩いた先に、携帯電話をいじりながら突っ立っていた奴がいた。そいつは俺に「お疲れさま」といい、続けて「それにしても、これだけして願いが『仲良く』なんて徒労もいいとこじゃない」と聞いてきた。 「そんなことないさ」  きっと本人にとってはものすごく大事なことだったのだろう。「もうちょっとすればわかるさ」と言うと、「子供扱いするな」と反発してきた。 「そうだ、ママからの伝言。今日はどっち、だって」 「そうだな、今日は家に帰るよ。仕事も終わったし」 「あっそ」 「嬉しいか?」 「べつに」  嬉しそうな顔しやがって。口ではああいいながらまったく、今時の子供は本当に素直じゃないな。 「あのさ、こんなこと言たくないけどちゃんとした仕事をしてよ」 「してるだろ。こうしてパパはお金をもらって」 「お賽銭なんてママの何万分の一さ」 「いいか、お金は量じゃない、質だ」 「いくら質がよくても5円が1万円の価値にはならないでしょ」 「まぁ」  確かに言うなればボランティアみたいなものだが、俺はそれを口に出してはいけない立場なのだ。わかってくれ、息子よ。 「ねぇ、なんでこの仕事なの?」  正直に言えば特にこれだ、というので始めたわけではなかった。好きだからというわけでもないし、やらなければならないというわけでもない。あえて言うならば家業だからだが、俺にはもう継ぐ資格はない。 「そうだな」  ふと思いついたこと。小さな願いとしてずっと思っていることならあった。それを笑顔で伝える。 「俺たちが平和に暮らせるために、かな」 (了)
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