笑顔、忘れんなよ

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 チャリン  外でお金が落ちる音が聞こえた。普段から聞いている馴染みの音ゆえ、聞き間違えるはずがない。顔だけ外に出し、のぞき見をすると一人の女の子が手を合わせていた。私は親指と人差し指で輪を作り、右手を目に、左手を耳に当てた。 『おかしい人になれますように』 おかしい。普通とは違うところがあって笑いたくなるさま。普通とは様子が違うのに気づいて疑わしく思うさま。普通とは違った格別の趣があるさま。  こんな雨の日に来るなんて、暗くて石段が滑りやすくて危ないというのに。そんなにも急いで願いほどの内容か、と疑問に思う。すでに傘をささず、水色の髪はボリュームをなくしている。服も何もかも張り付いて細身がはっきりとしていた。願いに来るのは二度目になる。 『恵茉と……仲良くなりたい』  お金持ちになりたいとか、受験に受かりますようにとか、家内安全、健康祈願などを願う人が多い中で『仲良くなりたい』と願った。しかし、だ。  本心を願うのだが口では否定する。  本心は思っていても口には出さない。  仲良くなりたいと言いながら本人は悪口を言ったり、嫌いと言ったり。  『おかしい人になる』との望みはいったいどの意味の『おかしい』で、その先にはどんな願いを抱いているのだろうか。  そして、その数分後にまた一人の女の子がお金を落とした。 『忘れられますように』  本当に素直じゃない奴らだ。 「なぁ」 「なに」 「ちょっと手伝ってくれないか?」  タッパーを片手にご飯を食べていた男子にお願いをした。男子は「うーん」と考えたのち、箸を置いて片手を出した。 「なんだ?」 「お願い事でしょ、お賽銭」 「流石だよ、しっかりしてる」  俺は割れてしまっていたキーチャームを懐に入れ、小銭袋を取り出した。
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