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「あ、あの……」
私は自分の身にいったい何が起こったのかが分からず、前にまわされた彼の両腕を見下ろしながら、恐る恐る声を発した。
彼が握ったままのハンカチが視界に入り、やっぱり、私のものよりずっと青が濃いなと思った。
無地に見えたスーツの生地は、細いストライプの織りが入っていて、近くに寄らないと分からないこともあるんだなと感じた。
そしてあの高級時計をこんな間近で見たのははじめてだったけど、ロゴマークが意外と可愛らしいんだなと思った。
そんな、今はどうでもいいことを考えている間にも、彼の腕の力は強くなった気がするのに、彼はなにも言わない。
私は後ろから抱き締められたまま、身動きもとれず、それでも徐々に動揺の波が全身に広がってくるのを感じていた。
そして、
――――彼に抱き締められている
そう認識した途端、まるで体の中至るところの導火線に火がついたように、尋常でない焦りが私の中で暴れだしたのだった。
「あの!離してください!森宮さん?!じゃない、今里さんっ!」
私を閉じ込める彼の腕を叩いて訴えても、逆にぎゅっと抱き直されてしまう。
すると背中に、後頭部に、うなじに、彼の温度を感じた。
「―――っ!」
ビクリ、と肌が反応して、体じゅうに、刺激が走った。
今まで散々、彼のことを大人だとか色気があるとか思ってたくせに、”情を煽られる” ということがどういうことなのか、その本当の意味がやっと分かったのかもしれない。
体のどこもかしこもが、熱くなっていくのだ。
「あの……っ」
体の熱を彼に悟られてしまいそうで、私は身動ぎして彼を振りほどこうとした。
けれど次の瞬間、
「一目惚れだったんだ」
吐息の中に埋もれるような、ささやかな囁きが、耳もとをくすぐったのだった。
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