184人が本棚に入れています
本棚に追加
掠れた声で、その内容は意味深で、いろいろなことを想像させてくる。
相変わらず煽情的な今里さんに、私はどうにかなってしまいそうだ………
社内でこんなことをするなんて、間違ってる。
理性がそう訴えてくるけれど、抗えない。
そうして、今里さんがもう一度キスしようとしたそのとき、
ガンッ…
大きな音がして、私達は慌てて体を離した。
何の音なのかは分からないけれど、その後廊下の奥の方で人が動く気配も伝わってきて、私達は我に返ったように、さっきまでの甘い雰囲気を遠ざけたのだった。
「あー……ごめん」
「いえ……こちらこそ」
お互いに照れ笑いを見せ合って、それから、お互いになにかを告げようと口を開きかけたとたん、
キュルルルルル
今度は、私のお腹の音。
さっきも鳴ったのに、しつこく私に空腹を知らせてくる。
その音を聞くなり、まるで切り替えスイッチが入ったかのように今里さんが笑い出した。
「どうしよう、めちゃくちゃ可愛い」
口元を拳で隠すように笑う今里さん。
すると、笑い声に引き寄せられるように、エレベーターホールのほうから数人の社員が近付いてきたのだ。
私はまた何か言われるだろうかと身構えたのだけど、
「お疲れさまです」
「あ、お疲れさまです」
「……お疲れさまです」
淡々と、挨拶のやり取りだけをしてその人物は通り過ぎていった。
見覚えのある顔だったけど総務部の人ではなかったので、きっと、私と今里さんのことをまだ知らないのだろう。
ホッとしたというか、気が抜けたというか……
けれど今里さんが「それじゃ、いい加減昼食にしようか」と声をかけてきて、それが、私も一緒に…というニュアンスがあったものだから、私は焦って振り返った。
「すみません、今日はお弁当を持って来てて……」
昨日の今日で今里さんと顔を合わせたくなかった私は、昼休みもデスクに居座るつもりで、自分のお弁当を作って来てたのだ。
もちろんそれは私の分だけで、いつかみたいに今里さん好みの卵焼きも入っていないお弁当だ。
だって、こんな展開、まさか予想できるはずないもの。
今里さんは残念そうだったけど、特に気にした風もなく、「そっか」と納得してくれた。
そして、
「じゃあオレは急いでランチに出なきゃ」
と腕時計を確認して言った。
そしてそのすぐ後、何かを思い出したように心配そうな顔つきに変わった。
最初のコメントを投稿しよう!