【番外編】秘密だって、愛おしい

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「ちょっと待って!オレ、まさか自分の噂が流れてるなんて知らなくて。彼女は、福島さんは、」 焦った姿も声も、何もかもがかっこいいなとは思ったけど、どこか、冷えた感覚に喉が締まった気がした。 私は、 私は…… 「何も聞きたくありませんっ!」 人目も憚らず、大声で今里さんの言い訳を拒絶したのだった。 見上げた先に、今里さんの困惑顔。 一瞬、彼にそんな顔をさせてしまったことに胸が痛むけれど、 それでも今は、どんな言い訳も聞きたくなかったのだ。 例えパーフェクトな言い訳を述べられたとしても、それが真実だったとしても、今の私にはそれを素直に受け入れるだけの余裕がなかったから。 なにを言われても、私は自信のなさを盾に、すべてを跳ね返してしまいそうで。 それに……、今里さんが私に嘘をついた事実は変わらない。 昨夜の電話で、私に、はっきりと言ったじゃない。 昼はずっと社内にいたって。 私に、また秘密を作ったじゃない。 私は秘密が嫌いだって、知ってるはずなのに。 秘密のせいで、私達はあんなに振り回されてすれ違ったのに。 「話を聞いてほしい。オレと、」 それでもまだ何かを伝えたがる今里さんに、私は咄嗟に声をあげた。 「私はっ!」 大切な恋人を睨みあげるように見つめ返した。 彼も、私の言葉の勢いに負かされたように口をつぐんだ。 「私は……」 ……だめだ。 じっと私を見る今里さんの瞳に、ふいに、涙がこぼれそうになってしまう。 私は今里さんから目を逸らし、俯いた。 近所の商業ビルに合わせてデザインされた歩道の、幾何学的な模様が視界を埋める。 涙が、下睫毛を揺らして、幾何学模様の色をぼんやり変えた。 「私、昨日のお昼、先輩達と外でランチしてたんです。それで………やっぱり秘密は好きじゃありません」 ぽそりと、小さな訴えを告げると、ふわりと、右腕が解放された感覚がした。 そして、 「………ごめん」 同じように、小さく、今里さんが告げた。 そのとき彼がどんな表情をしていたかなんて、俯いたままの私には分からなかったけれど、『………ごめん』という言葉がすべてだと思った。 つまり今里さんにも、思い当たることがあるわけだから。 私は、自由になった体を翻して、また走り出していた。 今度は、今里さんは追ってはこなかった。 走りながら、必死に泣くのを堪えていた。 堪えながらも、胸の中では叫びをあげていた。 やっぱり、秘密なんて大っ嫌い―――― あんなに秘密の社内恋愛に胸をときめかせていた自分が、もう、ずっとずっと遠くの昔のことのように、色褪せていくのを感じていた………
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