【番外編】秘密だって、愛おしい

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次の日の朝、重たい気分をどうにか励まして出社した。 昨夜遅くに、昨日居合わせた先輩から私を気遣うメールが届いて、それには明るく返信することができたけれど、実際はそんな簡単に切り替えができるわけなかった。 先輩のメールでは、社内で今里さんと福島さんの噂を聞いて、でも先輩は私と今里さんのことを知っていたから、咄嗟にあのとき今里さんに食って掛かってしまったそうだ。 無関係の自分が口を出してしまって申し訳なかったと、丁寧に謝ってくれるメールだった。 おそらく、先輩に食って掛かられたことで、今里さんは自分が福島さんと噂になってることを知ったのだろう。 そして、自分が私に吐いた嘘、秘密が、私にばれているということにも気が付いた…… やっぱり、秘密は、痛みを伴うものなのだ。 誰かを、傷つける。 故意じゃなくても、結果として傷を与えてしまうなら、はじめから秘密なんて持たなければいいのに。 私は満員電車に揺られながら、ずっと、そんなことを考えていたのだった。 「おはようございます」 本社ビルのエントランスをくぐってから何度となく同じ挨拶を交わし、その間も、今里さんと遭遇しないか注意を張り巡らせていた。 幸いにも彼と出会うことはなく、自分のデスクに着く頃には、 「おはよう。体調どう?」 「あ、野田さん、もう大丈夫?」 私を気遣うセリフが立て続けに贈られ、それらに応対しているうちに今里さんの気配にビクビクすることも頭から消えつつあった。 「おはようございます。もう大丈夫です。ご心配おかけしました」 なるべく笑顔を作って、元気を装う。 なかには、「まだちょっと顔色良くないわよ?」なんて、私の空元気を見抜く人もいたけれど、私は「大丈夫ですよ」と笑ってみせた。 やがて始業時刻になり、淡々と、いつもの仕事風景が流れはじめた。 他部署へ赴く仕事もあったけれど、私の体調を慮った先輩方が代わりに行ってくれたので、私はずっとデスクワークに勤しんでいた。 ときどき、ふっと、今里さんのことが頭に浮かんでしまったけれど、仕事に集中しようと躍起になっていた。 それでも、強く掴まれた右腕の感覚とか、私をまっすぐに見つめた眼差しとか、焦った声とか、いちいち思い出しては、その都度私の心を騒ぎ立てるのだ。 苦しい…… 何度ももがくように胸元を握ったり、なにかを追い払うように強くエンターキーを叩いたり。 とにかく、冷静さの欠如は否定できない状態だった。 周りの人は、そんな私に気付いていたのかもしれないけど、あえてそっとしておいてくれてるようだった。 そして、いつもより長いと感じた午前の仕事が終わり、昼休みに入ろうかというときに、事件は起きたのだった―――――
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