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……私、こんなときにいったい何考えてるの?
こんな、真っ昼間の社内で、今里さんにそんなことを感じるなんて……
自分で恥ずかしくなって、彼から顔を隠すように身を捩ろうとしたけれど、すんでのところで彼に止められた。
私の頤を、彼の綺麗な親指がクイ、と持ち上げたからだ。
「少し前に従兄がプロポーズして二人の間では婚約が決まったんだけど、まだ伯父にも報告する前だったから、従兄からは誰にも言うなと釘を刺されてたんだ。だから、福島さんのことは、二人の婚約が正式に決まってから幸に話そうと思った。それで、一昨日の昼のことも言わないでおいた方がいいと思ったんだ。まさか幸に見られてるとは想像もしてなかったけど」
さっきまでの焦った口調ではなく、丁寧に、語りかけるように話す今里さん。
それはいつものように大人で、落ち着いているようにも感じたけれど、ふと重なった視線は、まだどこか臆病に震えているようにも見えた。
だけど、それは今里さん自身にもわからない、私しか気付いてないことで、それがたまらなく嬉しかった。
そしてふと思った。
……この体勢って、キスするときと似てない?
だからこんなときに何考えてるんだと、慌てて頭の中をクリアにしようとしても、一度浮かんでしまった感情はそう簡単に消えてはくれなくて、
頬に走った熱が体全身に広がっていくようだった。
まるで夏の強い日射しを浴びたように、熱りすら覚える身体。
ドクドクと、心を支配する熱さを感じながらも、私は頭の中で気持ちの乱高下を整理をしようとしていた。
彼は私に嘘を吐いて、また秘密を作ったのは事実。
私はそのことで傷付いて、彼の話も聞きたくないほどに拒絶していたはずで……
なのに、今のこの感情はどうなの?
彼の言い訳が正当なものだったから?
福島さんが彼の従兄の婚約者と分かったから?
だから、それで、彼のことを許してしまったの?
そうじゃなかったら、どうして、
どうしてこんなに鼓動を弾ませてしまってるの?
傷付いていたはずの自分が、今、今里さんの指先や眼差しひとつに動揺してしまってることに、困惑してしまう。
だって、あんなに、苦しかったのに。
今里さんの言い訳さえも聞きたくないと思っていたのに、
なのに今、彼に触れられて、こんなにも熱が心地いい。
そんな私の変化を、私自身が素直に受け入れられずにいるのに、今里さんは、まるで私の気持ちが変わっていく過程を見逃すまいと追いかけていたみたいに、その変化に、すぐに感付いたようだった。
「嘘を吐いたことは、本当にごめん。でも、これで、幸の誤解はとけたかな……?」
今里さんは頤を持ち上げていた指を離し、今度は手の甲で私の頬に触れてきた。
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