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倉庫から外に出る際、なるべく人目につかないよう細心の注意を払った。
幸い、廊下には誰もおらず、静かだった。
ちょうど、ランチを買い出しに行ったり戻ったり、という人の出入りピークの切れ間だったのだろう。
心底ホッとした私は、
「よかった、誰もいない……」
と自然と口から漏れていた。
そしてそれを聞き逃さなかった今里さんが、少しだけ意地悪そうに、ニッと口角を上げたのだ。
「ここには誰もいないけど、さっきオレが幸の手を握って連れ去ったときは何人の人がいたかな?」
そのセリフに、ギクリとする。
……そうよ、すっかり忘れてたけど、さっき、総務課で、みんなの前で、今里さんは何て言った?
『オレ達、付き合ってるんです』
容易すぎるカミングアウトに、目眩がした。
今里さんと ”仲直り” できて、一旦は心の平安を取り戻せていたのに、またもや動揺に舵をとられてしまう。
だって、今里さんは社内で一番の有名人で、公私の区別をつけるタイプの先輩方でさえ、ときどき話題にするほどの人物だ。
その今里さんと、今年入社したばかりの私が…なんて、きっと誰も想像してなかっただろう。
部署に戻ったら、きっと質問の嵐が待っているに違いない。
だけど今里さんがはっきりと自ら宣言したのだから、今さら私が否定できるわけもなくて………
自分でもありありと分かるほどに顔を強張らせていると、それを癒すかのように柔らかく、今里さんがトン、と私の肩に手を乗せた。
斜め後ろを振り向き仰ぐと、当たり前だけど、そこには今里さんが。
私は、こんなときなのに、その整い過ぎた容姿の恋人に見惚れて、胸が震えてしまった。
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