三巻王子とトースト娘

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 日曜日の朝から私の鼓膜を刺激するのは両親のケンカの声だった。  毎日毎日よくも罵る会話内容があるものだなんて呑気に考えられるくらい、父と母の夫婦喧嘩にも慣れてしまった。  朝食の支度もしてないで、台所はお互いへの罵詈雑言を吐く戦場と化している。  私はそっと家を出て、いつもの場所へと向かう。  なけなしのお小遣いを握りバスに乗ってそのまま街中へ。  私の居場所は街中にある。  街中の隅にひっそり佇む漫画喫茶。それが私の憩いの場所だ。 「九時五十五分……ギリギリセーフ」  十時に間に合ってよかった。ちなみに、このタイムを逃すと大きな損失があるのだ。 「お待たせしました~。モーニングサービスです」  こんがり焼けたトースト、茹で卵にミニサラダ。自分で調整出来るように使いきりの塩やドレッシング、ジャム&マーガリンもある。  午前十時までにという条件付きでこの素晴らしいプレートを通常料金でいただけるとはもう十時までに滑り込むしかない。  あの怒声響く食卓では何を食べても味がしないし雰囲気も最悪だけど、ここでなら朝食に飲み物、更には漫画や雑誌が読み放題!  今となっては電子書籍や無料読み放題サイトが主流となってしまったものの、居場所を提供してくれるこの漫画喫茶は私にとって砂漠のど真ん中にある湖のように貴重で尊いものだった。 「漫画でも読もうっと」  朝食を平らげ、あと数時間で何冊読めるか吟味しながら漫画が詰まった本棚へ移動する。  気になっていた少女漫画と少年漫画をそれぞれ手に取ったとき、あることに気づく。 「あれ? どっちも三巻がない」  本棚をよく見ると、私が手に取った漫画の他にも三巻のない漫画がちらほら本棚に不自然な隙間を作っていた。
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