三巻王子とトースト娘

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「え、お兄さん漫画家の沢渡巡(さわたりじゅん)だったの!?」 「……売れないが付くが、一応漫画家な」  案内された漫画家先生の部屋はソファー席で二人分の座れるスペースがある。  私はその片側に座りついでに持ってきたコーンポタージュを啜る。  警戒心はあるので一応通路側に腰かける。  沢渡先生はソファーに座ると引き出しから大量の原稿用紙を見せこう言った。 「俺は前までとある週刊誌で漫画を描いていてな。打ち切りになったから次回作の構想をここで考えてんだよ」  机の上には何十枚もの落書きみたいな白い紙に描かれたものもある。大まかな流れや構図を描くこれは……確かネームというやつだっけ? 「また連載をするって難しいことなの?」 「難しい。フグ毒の解毒剤を開発するくらい難しい」 「お兄さん……先生、頑張ってるんだね」 「もがき苦しんでるよ」  それは分かるんだけど…… 「でもこれが三巻とどういう関係があるの?」 「俺が思うに三巻で漫画の面白さは決まると思うんだ」  まるで名言を言ったかのように自信に満ち足りた顔で沢渡先生は独自を続ける。 「どの長期連載されている漫画も自分に合う合わないが必ずある。その一番の判断材として三巻が大事なんだ。展開的にちょうど一つのイベントが終わっているぐらいだろ」 「すみません日本語だよね? 何を言ってるのか全然わからないんだけど」 「ようするにだな……」  再度ベラベラと喋る沢渡先生の長い演説をまとめるとこういうことになった。  自分は次の連載に繋げるためのネームを描かなくてはならないが自分の作品が面白いと思えない。  自分自身が納得できない作品が連載できると思えず漫画喫茶に入り浸り文字通り缶詰状態に。  とりあえずヒットしている漫画の三巻を一通り読み、長期連載の秘訣は何かを模索中である。  長期連載よりも連載出来るかを先に考えなよと言いたいところだけど、男はロマンを追う生き物。ましてや漫画家という職業もあって尚更野望があるだろうから触れないでおく。 「でも本物の原稿なんて初めて見た。しかも結構面白いよこのネーム!」 「担当もこれぐらい良いリアクションしてくれれば俺だってやる気出るのに」  ソファーに沈む売れない漫画家の男の目には濃い隈。頬も痩せこけていて少し心配になる。 「漫画家だって体が資本でしょ? ちゃんと食べなきゃ駄目だよ」 「たまに実家に帰ってお袋の料理まとめ食いしてるから大丈夫」 「親の脛かじってるね」 「脛で出汁とれるくらいかじってる。感謝しかないよ」  だから今度こそ成功させて俺がたらふく飯食わせてやるんだ! 沢渡先生は言った。 「なんか……偉いね」  そんなことを言う彼が眩しく見えて、私はその前向きさに少し後ろめたい気持ちになる。 「私の両親さ、いつも喧嘩ばかりで私に興味なんかなくて。家が嫌で休みにここで過ごしてることとかも知らないの」  だから、死んでも親孝行なんてするかってくらい両親が憎いよ……私は消え入りそうな声で言った。 「そういったって、お前はその両親のお陰で生きてるんだぜ」  沢渡先生は言った。 「食事も服もその他諸々の見えないところも両親の助けで今のお前が成り立ってるんだよ」 「だから感謝しろっていうの?」 「 ちゃんと世話してくれる両親なんだから、自分の気持ちを言ってみればいいんだってこと」 「自分の気持ち……?」 「はい、ここから料金のお支払いです。お前パースとれるか」 「え、パース?」 「背景のことだ。アドバイス代としてお前には俺の助手をやってもらう」  沢渡先生は私に定規とペンを渡してにやりと口角を上げた。
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