「都市伝説“通学路(狩)”」 

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「都市伝説“通学路(狩)”」  “阿頼八子 ひなこ(あらやし ひなこ)”は、自身が通う中学で、クラス委員を自ら志願する程の、自分で言うのも何だが、真面目な生徒だ。 座右の銘は“品行方正”この地球規模の“流行り病”に対し、お上が押し付ける自己責任 かつ、犬のしつけみたいな横文字カタカナ公約に惑わされる事もなく、 手洗い&消毒、外出を自粛、 友人達との甘い誘いも断り続け、それでも交友関係を保つ努力を欠かさない。家と通学路の往復を繰り返し、道途中にある図書館に短時間寄るだけの生活を遵守する真面目ちゃんだ(変化があるとすれば、図書館入口のアルコール消毒の容器が最近変わったくらい?…) 精神的疲労は溜まるが、来年は受験もある。この事態を好機と無理やり納得させ、 自分なりの新・生・活を送っていた。 過去形なのは、現状…いや、正に自身の頭の後ろ、現在進行形で、その生活様式が 綻んでいるからだ。兆候は何日か前からあった。ひと呼吸を整え、振り向く。 (やっぱり、見間違いじゃない…) 最初は校門近くの神社の薮、次は駅近くの駐輪場、昨今のご時世で人気のない道の中を、 10月の夕暮れ時の薄暗い中に佇む“黒い人影”がいる。全身が真っ黒で服を着ているかもわからないけど、恐らく大人の男性… いや、絶対“人”じゃない。ひなこは首を振りながら、足を早める。普通の人はフェンスを猫みたいに四つん這いで移動しない。 普通の人は、狭かったり、尖ってたり、足場の悪い、壁や藪を超えられない。普通の、 普通、普通、ああ、もう駄目っ! 束ねたおさげのおかげで、剥き出しのうなじに、アイツの息がかかる。 生臭い、ヒドイ匂い…嗅いだ事はないけど、読んだ事はある。腐肉と生ゴミが混じった臭い… 黒い追跡者の手が今にも自分の体に触れる、そう知覚した、正に、その時… 不意に、いや、不意打ち?前方から暖かい空気が流れてきた。これは…?視線を探る。 いつもの通学路?そうだ。間違いない。いや、意識してなかったけど、通学路の、道の端にある特に目立たない一軒家… その家が非常に神々しく、かつ暖かみを持って(後光のようなモノまで見えそう)自分を迎えるかのように聳えている。これはあれかな?小学生の時、先生に教わり、自分も友人やクラスメイト達と確認し合った“子供110番の家”のようなものだろうか? 何の確信がある訳でもない。ただ、わからないし、正直、自分で自分が理解不能だが、後ろから迫る恐怖に対し“この家に入れば大丈夫だ”という確信を持たせてくれている。 こんな状況で、あり得ないくらいに、安心しきった、ひなこは静かに微笑み、暖かい光の家に歩みを進めようとする。にぶい衝撃が後頭部に走ったのは、その直後だった…  目を開けた瞬間に映った不快な視界に、一切容赦なしで2本指を突き立てる。 「うぎゃあああー、ワタクシの目が2つにぶっ裂け…いや、元から2つか…てか、 何すんすか?ひなこさーん!」 汚い悲鳴を上げるのは、クラスのカースト最下層、だけど、異様にテンションが高い事に 定評のあるオタク男子の“小泉(こいずみ)”だ。 「あのさぁっ…小泉君、もう辺り暗いし、あんまり大声出さないでくれる?近所の人に見られて、噂になっても困るの」 「おいおーい、マジかよ?通りでフラついてる、クラスの真面目女子を助けようと、助走つけたら、間違えて、後頭部にドロップキックをかましちゃった恩じーにににに?」 「おまっ、未だ頭に残る鈍い鈍痛はお前のせいか?このっ、この野郎っ!」 「落ち着いて、ひなこさん、言葉づかい、言葉づかい…!」という小泉を一切無視して、 ひなこの憎しみを込めた首絞めに、顔が夜の闇と同じくらいの色に染まる小泉…それを見ている内に先程の恐怖が少しづつ薄らいでいく。 「いや、上の文(薄らいでいく←)これね!可笑しいよね?何、クラスの最下層いたぶって安心を得てるの?その人間の根本的本能…思春期の、いや、思春期だからか?とにかく 品行方正、真面目なクラス委員がいいのかよ?」 「‥‥(小泉の首に入れる力を強めたり、弱めたりした後…) うん、それもそうだね…ふーっ、大丈夫?小泉君?とりあえず、助けてくれてありがとう。あっ!後、先程のやりとりは、クラスの皆には内緒だよ?」 「えっ?俺、若干、サンズリバー(三途の川)ルックで去年死んだ親戚のばーちゃん、会ったのに?」 「あっ?」 「ああんっ、いえ、すいません…あっ、はい…とりあえず靴舐めます」 「いや、まぁ、もういいよ。とにかくまたね。もう遅いし…」 安心したら、疲れが出てきた。そのまま家に向かおうとする彼女に小泉が声をかける。 「それはそうと、ひなこさん何かあったんすか?顔色悪いっすよ?」 惚けた面構えの最下層だが、きちんと見ている所は見ているようだ。だが、加えれば、 あの黒い人影は見えてないという事…一瞬の躊躇いを覚えつつ、ひなこは、少しだけ、ほんの少しだけ真剣そうに見える顔の同級生に先程の体験を話す事に決める。 全てを聞き終えた彼は、しばらく考える素振りを見せ、この後のひなこの予定を聞く。 相変わらず躊躇いは心の中で燻り、若干の不安も芽生えてきたが、どんな事になっても、 恐らく小泉になら勝てるだろうと考え、空いている事を伝える。 「少し、寄り道しましょう」…  「おいっ、JC(女子中学生の略)かよ、小泉?ああっ、お前、中坊か?やるねぇっ!」 品行方正がモットーのひなこが寄り道と言う、生徒手帳記載的には任意(最近は努力義務?)、いや、彼女なら絶対拒否の鞄を置かないでの外出の禁を破ってまで、 小泉についていった先は商店街の小さな居酒屋、不穏な言葉が頭の中を駆け巡りまくる 彼女に、彼が紹介したのは、赤ら顔の酔っ払い中年?(小泉の紹介だと、大学生らしい) “T”というあだ名の男だった。 下卑た笑い声を上げ、こちらに明らか嫌らしい視線を送りつつ、ビールを煽っている。 「いや、Tさん、あれだよ。この子、クラスメイトなんだけど、ちょっと可笑しな事に巻き込まれちまったみたいでさ」 苦笑いと前置きを先に済ませ、時折、ひなこに確認をとりつつ、小泉は話を進めていく。 それが終わると、Tはしばらく黙った後、ノッソリと立ち上がると勘定を済ませた後、 ひなこ達に飲み物を買い、ゆっくり口を開く。 「現場行こう」…  「嘘っ、確かにあったよ?ここに、あったかそうな(自分でも何を言ってるのか、わからなくなってきた)安全?に見える家があったよ」 「思った通りだな…」 驚くひなこの後ろでゆっくりと頷くT…先程の道にT達を連れ、戻ったひなこだ。 黒い人影は勿論いない。いたら、困る。しかし、安心をくれた家が何処にもいない、 家の特徴も場所も全て覚えている。しかし、ない。一体これは…? まさか、あの黒い人影も全ては自分の幻覚?勉強疲れ?昨今の流行り病の影響?いや、違う。でも、小泉には見えていなかった。だけど、だけど… 「安心しなよ、お嬢さん…」 戸惑い、焦る彼女にTがゆっくり頷く。 「幻覚じゃない、アンタは狙われてるんだ」 「どういう事だよ?」 横から口をはさむ小泉を手で制したTが続ける。 「俺も人づてだから、ハッキリとはわからない。だが、コイツは一種の“呪い”だ。 狙った相手に自身が用意した呪法をかける。すると、かけられた相手は後ろに不気味な “何か”を感じるようになる。 後は簡単…そいつに追いつかれるか、追いかけ回し、自身が用意した罠、網?に 引っかけるか、どちらかだ…呪いをかけた奴の意図と要望に合わせられる呪いだよ」 「意図?」 「こういっちゃなんだが、ひなこちゃんは、その…あれだな。可愛い系だよな、清楚で黒髪似合いの…なぁっ、小泉!(首を横に振りかける小泉の足を、ひなこは思いっきり踏み付ける) ま、まぁっ、とにかく…(どことなく2人を楽しそうに見つめるTが咳払いを1つする) 最近の流行り病のせいか、元からか、知らんけど、変な事件多いだろう?女の子を羽交い締めとか、まぁ、あんな感じだな。この呪いを作った奴の意図もそんな感じなんじゃないのかな…」 「じゃぁ、私が見た家は?」 頷くT、ひなこ自身も段々と察しがついてきた。呼応するように横の小泉が口を開く。 「Tさんの話じゃないけど、動物を狩る時、猟師は二手に分かれる。1人は獲物を追い立て、 もう1人は獲物が安全だと思う場所、もしくは場所を作り、そこに誘い込む。ひなこさんが見たのは、恐らくそれ…」 「どうすれば…」 遮るひなこに2人の視線が集中する。そのまま躊躇いがちに口を開く。 「これを解けますか?」…  「呪いを解く方法はない…らしい」 これはTの言葉…だが、彼は“そ・の・後・”を続けた。ひなこは大きく息を吸い込む。 2人と話した翌日は祝日だった。今、彼女は通学路の傍にある図書館にいる。 Tの言葉を信じるなら、狙った相手に自身の呪いをかけるには、相手との“接触”が必要らしい。水をかける、モノを渡す。それによって、呪いをかけたい相手と自身を繋ぐという のだ。 だが、今のように人との接触、三密が禁止されている世の中で、これをやるのは相当に難しいだろう。ましてや、ひなこは寄り道などしない。他人との接触はしない。 (それが出来るとしたら…) 思い当たる事がある。“感染予防”との名目で、ごく自然に置かれ、張り紙と簡単な注意書きで誰もが気軽に利用する。誰が置いたかもわからないのに、少しも疑いもせずに… 不確かな安全性と現在の逼迫な状況を利用した非常に有効かつ、姑息な手段… だが、実に巧妙、簡単かつ、簡易に呪いをかけられる。無差別でも、誰かを狙う際にもだ。 そう考えるひなこの視界に、彼女に似た容貌の、真面目そうな少女が図書館に向かってくるのを捉える。 (Tさんが間違ってなければ…) 呼吸を整え、入口前に置かれたアルコール消毒の容器を交・換・し・よ・う・と、 どこからか現れた“清掃員風の男”の後ろに立つ。 「呪いは解けないけど、返す事は出来ると思う。相手にどんな影響が出るかは、わからない。だが、間違いなく、障りは出る。しかも、今回のは無差別じゃなく、特定の人を狙うタイプ、だから…」 自分達がやるというのを、ひなこは断った。受けたものはキッチリと相手に返す。それが 真・面・目な彼女のモットーだ。 男が気づく前に、その手に握られた、消毒液の容器を後ろから取り上げ、相手の手に吹きかける。小さな悲鳴を上げ、こちらに振り返る男にひなこはニッコリと微笑み、 とても丁寧にお辞儀をした…(終)
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