匂いという名の魔物

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匂いという名の魔物

私の朝は嫌になるくらいに早い。 それは愛犬モフを朝の散歩に連れて行くため。 そんな私も一昨年に三十路を超えてしまった中年となり、仕事に行く前の一時間の犬の散歩は身体的に本当にきつかった。 「晴美ちゃん、今日は市役所の日よね?」 モフの散歩を終えやっと朝食にありつけた私に、母がそう聞いてきた。 「今週は水木金が出勤日だから。 来週は月火木だよ。お母さん、ちゃんとカレンダーに書いといて」 私、安村晴美は、市役所の戸籍住民課で週三日の非常勤職員として働いている。 私が二十七歳の時に父が脳梗塞で倒れてしまい、体が少しだけ不自由になった。母も持病があるため、父の面倒を十分には看られない。 そんな中、一人っ子の私は勤めていた商社を辞めて、地元の市役所に勤める事に決めた。 週三日の勤務は私の家庭事情にもの凄く適していたし、残業の多かった商社勤めから解放されたい気持ちもあった。 でも、市役所勤めには大きな難点があった。 結婚を夢見る私にとって、ふさわしい出会いが全く皆無だということ。 かれこれ五年近く働く私は、実際、正直、かなり焦っている。 「あ、そうだ。 晴美ちゃん、朔ちゃん覚えてる?」 「朔ちゃん? 近所に住む太田朔太郎?」
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