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よくある話しだ。
戦争のある時代、人々は争い、殺し合い、領土の奪い合いだ。
何が発端なんて、王様の機嫌や経済状況の悪化。皆はもうそんなこと忘れて、我先に戦果を上げんと剣を握り、戦場へと赴く。
私も同じだった。
父は戦争の影響で仕事が無くなり、私達一家は露頭に迷う事となった。
丁度領土の境目に農園を構えていたのが仇だ。まさか敵国の魔女に土地ごと燃やされるなんて思いもしないのだ。
かなりむかついたのでついつい敵地に侵入してひと殴り。
農作業で鍛えた腕がここまで強いだなんて思いもしなかったっが、復讐を遂げた私は晴れやかな気持ちで魔女を片手に国に帰ったのだ。もちろん歩いて。
急遽構えられた仮設住宅に帰ると、両親もその場にいた兵士もびっくり仰天。
父は七輪で焼いていた鶏肉を焦がすし、母は包丁で指を切っちゃうしで大変だったのである。
当時の私はそこまで気にしていなかったが、今考えるとあほな行動だと反省している。
それからと言うもの、軍は私を勧誘し始めた。
まぁ、お金に困っていたから即断で入隊するのを了承したのだが。
私にとって、軍での生活はとても新鮮に感じれた。ずっと農園で働いていたから、走り込みの一つでも楽しかったし、ずっと一番だった。
そういば息切れした事なかったっけ? みんな何やってるんだろうって疑問に思ってたけど、みんなは私の事を疑問に思ってただろう。
最初は私の事を可愛い可愛いと噂していた同僚も、狙うぜとイキっていた上官も、時間が経つと共に段々私に距離を置く様になり、敬語を使う様になっていた。
そして、初めての戦場。
覚えている、焼け焦げた肉の匂い。肌を突き刺す風。生きるのに必死で、飲み水もない状況で私達は戦い続けた。
どれだけ訓練で成果をあげようとも、どれだけ戦闘能力が高くても、私は戦場に立つ覚悟が出来ていなかった。
––––人を、殺せなかったのだ。
––––命を、奪えなかったのだ。
私は今でも覚えている。
飼っていた犬が死んだ時の、深い悲しみ。
もう二度と会う事もできず、無邪気なあの子に会えないと思うと、胸が痛んだ。
人も同じだ。
大切な誰かが居なくなる、こんな悲しい事はない。
だから、私は絶対に人を殺さないと誓ったのだ。
ポチの墓の前で。
そうして日々を過ごしていると、いつのまにか私には二つ名が付いていた。
不殺の女騎士。それが戦場での私の振る舞いだ。
––––
––––––––
最後の戦争から二年。
私は訓練生を鍛える立場になっていた。所謂教官というやつだ。
「拳を握れ!! 目の前の鉄を殴り続けろ!!」
副教官の怒号の叫びがこだまする。
訓練メニューを考えて良いと言われたから適当に考えていたのだが、どうも私の訓練は通常の人は付いて来れないみたいだった。通常の人っていうか付いて来れた人も見たことがない。
「うう……教官、もう殴れません……拳が、悲鳴を上げています……」
訓練生の一人が弱音を吐く。
まぁ訓練のやりすぎは体に毒だし、ここらで休憩させて––––。
「こらああああああ!!!!! そこの訓練生何しておる!!!!! 立ち上がって訓練を続けんかああああああ!!!! あの“破壊神”テシン・マサーカー様の訓練だぞ!? そんな弱音が許されると思っておるのかああああああ!!!!」
「ひ、ひぃぃぃいいいい……」
副教官の男が訓練生に蹴りを入れた。
訓練生は思わず怯えた声を出し、再び鉄を殴り続ける。
「いやあああすいませんねテシン様!? これで良いのですよね!? ね!? ね!?」
まるで私が指示を出したみたいな物言いをする副教官。完全に濡れ衣である。
「あ、ああ……」
「ほらお前達!!! テシン様はお怒りだ!!! 一層身を締める様に!!」
図太い掛け声と共に、先ほどより大きい鉄の音が鳴り響く。
何も発言する隙も与えてくれない。
「ハァ」
私は何をしているのだろうか。
答えを知りたくて後ろを振り向く。
二年前の戦争と同じ部下達が後ろに並び、同じ様に訓練生の面倒を見ているのだが、私が後ろを振り向くと、決まって全員が視線を私に移すのだ。
相変わらずハムちゃんは小さな拍手が得意みたいで、私の行動の全てを称賛している。
「ハァ」
ハァ。
ハアアアアアアアアァ。
疲れた、なんだか疲れた。
戦争が終わって、どこかのんびり出来る所を探していたのにさ、あれやこれやあってこうして教官に付いてるんだもん。
自室に戻り、エール酒を飲み干す。
お城での仕事がある為、基本的にはここに住み着いている。両親も連れてきたかったが、なんかリゾート地に家買ってよとわがままを言われたので、只今別居中だ。
ま、毎回会うたび結婚相手はどーのこーの言われるだろうし、丁度良いのかもね。
「ぷはぁ! この一杯の為に生きている!!」
シュワシュワが喉を通る快感。敵国の技術を輸入し、自国なりに改造を重ねたのがこのキンキンに冷えたエール酒。最高の発明である。
「ハァーー……もう全部捨ててどこかに行こうかな」
年齢も22歳と、この国では結婚適齢期だ。
他の国ではそうではないのだが、自国は昔から戦争が多かった歴史、早婚は文化なのだ。
相手がいない訳では……。
自分に見栄を張ってどうする。居ないのだよ私には。
何せ国の英雄だ。自信を持って私をエスコート出来ると言える男性が、殆どいないのである。
「チクショー……けっぷ」
付いてきてくれる部下はいるのに、人生を添い遂げる人はいないなんて、私は一体どこで道を踏み外したのだろうか。
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