闇の中、願う

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『みなさん寒くないですか。ブランケットを用意していますので、必要な方は遠慮なく言ってください』  のんびりとした低い声が優しく響くと、近くにいる数人の参加者が動きを見せた。防寒対策をしてこなかったのだろうか。特設テントでスタッフから毛布を受け取る様子がかすかに窺える。  ここは標高1,450メートル。夏でも晩秋から初冬くらいの気温にはなる。  私はダウンコートを着て、首にはマフラーを巻き、下半身には膝掛けをぐるぐると巻きつけてある。寒いのは嫌いなのだ。 『えー、すでにお気づきかと思いますが。……あいにくの空模様です。星、見えません』  気まずそうな声がすると、周りからはくすくすと笑いが起きた。  マイク越しに力のない笑い声が返され、吉澤さんが微苦笑を浮かべているのが想像できる。 『僕らもぎりぎりまで悩んで、開催を決めました。幸い雨は降っていませんし、雲が切れてくれればと祈るような気持ちです。今夜は新月。きっと綺麗な星空が拝めるでしょう。まだ待てるよ、という方はもうしばらくお付き合いください』  私は、暗い空を見上げた。切れ目の見えない雲に覆われている。  参加者の多くは天体望遠鏡を持参しているようで、それぞれが地面に三脚を設置してスタンバイしている。知り合い同士なのか、それとも同じ趣味の者同士すでに打ち解けたのか、愉しげに談笑している。家族連れもいるらしく、星が見えないと嘆く子を親がたしなめる声が聞こえる。  ひとりで来ているのは私だけなのかもしれない。望遠鏡も持たず、ただ黙って椅子に座って暗がりに埋もれ、空を見上げている。  こんなふうに両手をきつく握りしめて、雲の行方を見守るだけの緊張した時間を過ごす必要はないのだろう。もっと気楽に考えればよかった。温かいコーヒーでのんびりと雲が切れるのを待って、気まぐれに富士山を眺めて。  流れても流れても切れない雲から視線を下ろし、気抜け富士を見つめる。  登山者のヘッドライトだろうか。山小屋の明かりとは別に、小さな灯が暗闇にちらほらと光る。  山頂を目指す光の粒たち。まるでそれぞれが星になろうとしているようだ。永遠の旅をするために。  私は俯いてきつくまぶたを閉じ、手中にある御守りに願った。
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