闇の中、願う

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闇の中、願う

 日没後の薄暗闇の中、巨大な影のように浮かび上がる、夏の富士山。  数十キロ離れた場所から見るふだんの姿に比べてのっぺりと平たく見えるのは、ここが五合目だからか。東から見上げる富士の左側には、山肌を抉る宝永火口を隠すように、宝永山の隆起が側火山としての存在感を示すように大きく現れている。  男富士、女富士という真逆の呼び名があるほど、その姿は見る方向によってがらりと印象を変える。だが片肘をついてのんびりと寝そべっているように見える今は、気抜け富士と呼ぶのがふさわしい。日本一の山をぼんやり眺めながら、私は思った。  ぼそ、とマイクのスイッチが入る音が聞こえた。次いで、「あ、あ」と音声を確認する男性の声がした。 『みなさん、こんばんは。富士山夏のスターウォッチングにお越しいただきありがとうございます。星を見る会、代表の吉澤です。よろしくお願いします』  駐車場に設けられた特設会場に、ぱちぱち、とまばらに拍手が起こる。二十人ほどいるであろう観望会参加者たちに倣い、私もひかえめに手を叩いた。  この暗闇の中ではマイクを持っている人物を見つけられず、どの人が吉澤さんなのかわからない。  辺りはすっかり真っ暗だが、星を見るため照明は必要最低限に抑えられており、会場に向かうための足元の明かり以外ほぼないに等しい。多少は目が慣れても、近くにいる人の顔すら認識できないほどだ。  会場の端でひとり簡素なアウトドアチェアに座る私は、誰からも見えていないかもしれない。
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