流れ着いた猫 ①

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流れ着いた猫 ①

 水曜の午後、かなり遅めの昼食を済ませた田中朋広は独り、家の裏手に位置する海岸に足を運んでみた。自宅で開業している動物病院での診療は、今日は午前中のみである。  少し風が強い。  海岸に打ち寄せる波も幾らか荒れているようである。  頬に当たる潮風が強めのシャワーのようで心地良い。  朋広はそれほど波打ち際に近づかない位置で砂浜に腰を下ろした。  何かを考えようとしながらも、何も考えていない。  何かを思いついたようで、何も思いついていない。  ゆっくりと――  空を見る。  雲を見る。  海を見る。  波を見る。  水平線。  目を閉じる――  風。  潮の香り。  風。  波の音。  風。  自分が濾過されていくような、こんな時間が朋広は好きだった。  持ってきたタオルを枕に、いつものように仰向けになってみる。少し眠るのもいいかなと、そんな気分である。  少しまどろみかけたその時、風に紛れて自分の名前を呼ぶ声を感じた。少しづつ近づいてくる。  朋広はゆっくりと上体を起こし、声のする方に目をやってみた。 「せんせー、朋広せんせー!」と叫びながら、よたよたとした足取りで近づいてくる子どもが一人。ランドセルを背負っている。 「ああ……」隣に住む福田美宝だ。しょっちゅう家に遊びに来る女の子。「どうした? ミホちゃん」  朋広は言いながら、この少女が胸に抱えているものに注目する。 「せ、せんせー! せん、あぁ!」美宝は砂に足をとられ、両膝をつく。だが、手はつかず堪えたのがわかった。  朋広は反射的に立ち上がり、慌ててそちらに駆け寄る。「大丈夫か」と言いながら、少女を立たせ、抱えているものを確認。 「ミホちゃん、それって――」 「ネコやの、猫! 先生、助けてあげて!」  見るとそれは、水浸しの体操服とカーディガンにくるまれた白猫だった。べっとりとした尾がだらんとはみ出している。  朋広は丸ぶちメガネを右手の中指で軽く押し上げると頷いた。 「うん、わかった。さ、こっちに渡して」受け取ったとき、猫はビクンと一つ痙攣した。生きていることがわかる。「すぐに診てみるよ。ミホちゃんもおいで!」  二人は田中動物病院に向かって駆け出した。
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