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「あっ!」「ちっ」
コウタの声とダンサーの舌打ちが重なる。溜まっていたコンボボーナスがゼロに戻ってしまった。
ダンサーのステップは正確だった。だが、あまりに速すぎたのだ。
右足を前にだし、それが地面に着く前に左足を出す。これを繰り返せば、人は空を飛べる。このダンサーはそれをしてしまった。
宙を歩いてしまった。その瞬間に、矢印が大量に流れていってしまったのである。
「ああ……」
悲壮に満ちたアサネが膝をつく。失敗だ。誰もがそう思った。
「諦めるんじゃねえ!」
ダンサーが叫んだ。
「まだ終わってねえだろ! 俺を信じろ!」
2000億を越えた点数が表示されている。やはりコンボボーナスを失ったため点数の上昇は低い。
だが、彼はまだ諦めちゃいなかった。
「そ、そうだ!」「まだだ!」
落ち込んでいた空気が変わる。
「まだ曲は終わってない!」「次ミスしなきゃいける!」「がんばれ!」「応援してるぞ!」
静観していた観客が一人、また一人と筐体の前に集まっていく。ただ見惚れていただけのギャラリーが、今は熱狂的なサポーターになって、そのダンサーの背中を見守っていた。
「1兆越えたぞ!」
歓声が上がる。だが、ダンサーはそれに答えられる余裕はなかった。酸素が足りず、目が霞んでくる。だが、矢印だけはしっかり捉えていた。
次は絶対ミスしない。それだけがダンサーの頭を支配している。
「2兆点!」
あれだけ大変だった1兆から、すぐに倍になる。それだけボーナス点があるということだが、まだ目標までは届かない。
「10兆!」
後ろで見守っている人たちにも、彼の疲労が見てわかるようになってきた。尋常じゃない汗が下に溜まっている。上半身もだんだん前に倒れてきている。時折、ガクンと揺れるのは意識がなくなっているからだろう。その度に悲鳴に似た声が上がるが、矢印は決して上に逃さなかった。
声が次第に消えていく。全員が息を呑み、ダンサーの足踏みだけが聞こえるようになっていく。
「神様……お願い……」
そんな声が聞こえたのが最後、誰も喋らなくなった。
そして、曲が終わる。
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