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第7話 I had no idea you were a lion.
すると東は頬を真っ赤に染めて俺にヒソヒソ耳打ちした。
「ここだけの話。僕は無理だ。登には『北の大剣』がある。だけど僕は『肥後守』だよ。小回りは効くが片手に収まるコンパクトサイズさ・・・」
俺は気の毒に思い、それ以上、彼を追求しなかった。
次に、和也がもじもじしながら俺にヒソヒソ耳打ちした。
「そんな意地悪言うなよ。僕はせいぜいウィンナーソーセージさ。勝者のWINNERじゃなく、VIENNEつまりオーストリアの首都ウィーンの方さ。」
この期に及んでさえも知識をひけらかすしか能がない和也に俺は同情し、それ以上、彼を追求しなかった。
とうとう塾長の飯田が、おずおずと俺に近づいて来た。
飯田は、すがるように俺を見て故事ことわざを並べ立てた。
「青天の霹靂 寝耳に水 目から鱗 なせばなる なさねばならぬ 何事も ならぬは人のなさぬなりけり 精神一到何事か成らざらん 汝自身を知れ 汝の敵を愛せよ」
俺は大きく深呼吸してから、飯田に言った。
「塾長。お手並み拝見させて下さい。」
飯田は股間を押さえて退きながら、今度は英語でこう話した。
イソップ物語の『ライオンとネズミ』の一節。
「Please don’t eat me! I had no idea you were a lion. I thought your hair was hay! 」
〈お願いですから ごかんべんを。あなたさまがライオンだなんてこれっぽっちも気づきませんでした。あなたさまの毛が干し草に見えたのでございます。〉
前回の英語の講習で飯田が繰り返していた部分。
ネズミがライオンに捕まえられた時のセリフだ。
フン! どいつもこいつも情けない!
俺は、素直に自分の非を認めようとしない塾長の醜い悪あがきに愛想を尽かし、いよいよ家に帰ろうと思った。
こんな学芸会みたいな『夏の雪』なんて奇跡は、おそらく俺の夢に違いない。
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