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「好きです。付き合って下さい」 「いいよ」 「え?」 「え?」  青木りんごは高校の同級生の椎名が好きだった。  椎名はクラスの人気者で、カッコよくて優しくて誰からも好かれる。  とても、地味で大人しい自分と付き合ってくれるような相手ではないと、りんごも分かっていた。  しかし……分かっていても、すぐに忘れられるほど、浅い想いではなかった。  それどころか、日に日に想いが募っていき、彼のことをわずかでも思い出すだけで、胸が苦しくなった。 (どうしよう……どうしたらいいの?)  悩んだ末、りんごは思い切って椎名を放課後に呼び出し、告白することにした。  どうせ成功するはずはない。この告白は、彼への想いを断つための儀式に過ぎなかった。 (さぁ、言って。「君のことなんて、なんとも思ってない」って。そうすれば、諦められるから)  だが、椎名が告げたのは、りんごにとって予想外の「いいよ」という一言だった。 「……嘘」 「嘘じゃないよ。俺も青木さんのこと好きだったし」  そう話す椎名の目は真っ直ぐだった。とても嘘をついているように見えなかった。  そのことが余計に、りんごを混乱させた。 (こ……こんな幸せな展開、あるわけがない) (ううん、あっちゃいけない) (だって、私は幸せになんてなれないんだから……!) 「ご、ごめん。今のなし」 「え?」  りんごはその場から逃げ出した。  椎名は何が起こったのか分からない、と言わんばかりに呆然と立ち尽くす。 「ごめんね……椎名君は悪くないの。ただ、私が恋に億劫(おっくう)なだけだから」  りんごは彼に悪いと思いながらも、家に着くまで足を止めなかった。
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