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「フ、ルウ……さん。待っ……」
心と身体がゆっくりと剥がされてゆき、置き去りにされるのは……心の方。
「そのまま、わたくしを胸に刻みなさい。あなたには……おそらく価値がある」
(価値……ボクに……?)
襟首を引き寄せられて、近づいてくるフルウさんの唇。これを受け入れれば、ボクはきっと楽になれる──。
……ポキャ。
「……え」
気がついたらボクは、彼の頬にゆるい拳を押し付けていた。
戸惑ったような蒼い瞳が目の前で瞬く。
「……ああっ! ご、ごめんなさいフルウさん!」
「…………」
ボクは彼から飛び退いて、後ろの岩壁にビタッと張り付いた。
「……動けるとは」
「え? そ、そりゃ動けますけど。でも」
なんてことをしちゃったんだろう。いくらなんでもグーで殴るなんて。
「なぜですか、ミンクくん」
「なぜ……って?」
「わたくしを拒む理由です」
心底不可解な顔をしてフルウさんがボクを見据える。でもきっとボクは、同じくらい不可解な顔をしていると思う。
「だっ……て、フルウさんはジェダさんじゃないから」
「……!」
理由なんてそれ以外にない。そりゃこんな綺麗な人に迫られたら、少しはふわっとしちゃうけど。
「フルウさんはボクを慰めようとしてくれたんですよね。でも大丈夫です」
心を置き去りにして身体だけ慰めてもらっても虚しいだけ。
「そんなのに甘えたら、きっとボクは哀しくなるから」
「哀しく……?」
「それにボク、可哀想じゃないよ」
思い浮かぶのは、”ミンクを弄ぶ気なんてない” と訴えて、怒りに震えたジェダさんの肩。あの時ボクは、二度と誰かの言葉に惑わされたりしないと心に誓った。
(彼の何を信じるとか信じないとか……そういうことじゃなくて)
ボクにとっては、ジェダさんそのものがこの世の真実。
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