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再びブウンと唸る黒い車。本当に乱暴そうなエンジン音。耳にかかっていた伸ばしっぱなしの黒髪に、無精髭、気怠そうな眼差し、薄汚れた紺色の作業着、くわえ煙草。だらしなさそうな男。気持ちが荒んでいる琴子は心の中で叫んだ。『さっさとその格好つけた車でどっかにいって!』。表に出ない悪態――。
自分だって荒っぽいではないか、最低だ。我ながら情けない……。それでも、琴子の願い通り、その車は雨に濡れた路面にタイヤをギュギュッと鳴らし、アクセルをふかし走り始めた。
だが同じ方向にやってくる。歩道を歩いている琴子の横を通りすがっていくところ。琴子の目の前に水溜まり、そこを避けて先へ進もうと――。
「……きゃっ!」
田舎の路面にできた水溜まり。そこを男の車が通った途端に飛沫が散り、歩いている琴子へと容赦なく飛ばされてきた。
琴子は呆然とするしかなかった。我に返って自分を見下ろすと右半分、黒い斑点が散らばっている! 買ったばかりのトレンチコートなのに、裾から衿まで見事に水玉模様が散らばっている!?
「うっそ、信じられない~」
数万円もしたのに! 迷いに迷ってやっと買ったのに! なにこの状況!
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