36.俺が待っていること、忘れるな

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 彼の本気の叫び……。それが判ったから、黙って旦那さんの愛車をくすねていこうとした琴子は流石にブレーキを踏んだ。  バックミラーに、紺色の作業着をざっと羽織りながら駆けてくる英児の姿が映った。  やっぱり、まだお前には無理って怒られるのかな。黙って乗っていかないと、いつ乗せてくれるかわからないんだもの。  貴方の愛車、私も同じように感じて乗りたいだけ……。  ぶすっとした不機嫌そうな顔で英児がレビンにやってくる。だが矢野さんもはらはらした顔で英児の後ろにくっついてきた。 「英児、もう諦めろや。おまえのカミさんもすっかり生粋の車好きなんだから、好きなだけ乗せてやれよ」 「うっせいな。親父はあっちに行ってろ。俺と女房の問題だ」 「あんだと、お前がつまんないことでガキみたいに憤慨するからだろ。それにおまえ、どの車も乗っていいって許可してるんだろ」  矢野さんが新婚夫妻の間で『車が原因の喧嘩』にならないように気遣ってくれているのがわかる。  眉間にしわを寄せ、強面の旦那さんがレビン運転席の赤いドアを開ける。 「ご、ごめんなさい。これだけまだ乗ったことがなかったから……」
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