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 昭和二十年三月十日未明。  千六百六十五トンの高性能焼夷弾(しょういだん)を満載した三百二十五機のB29が、東京の下町一帯を爆撃した。  東京大空襲だ。  罹災者(りさいしゃ)およそ百万人、死者推定十万人、焼失家屋は二十七万戸に達し、下町一帯は火の海と化した。  翌三月十一日。  野坂清太郎(のさかせいたろう)は、異臭が漂うなか「節子(せつこ)ー、せつこー」と、妹を探して歩いていた。  学童疎開(がくどうそかい)で別々の親戚に預けられていた、六歳の妹だ。  B29に空襲された十日は土曜日だったが、陸軍記念日で祝日だったため、十一日の日曜日と合わせて連休になると、学童疎開から東京に帰ってきた子どもが多かった。節子もそのうちの一人だった。  清太郎も十日に帰る予定だったが、叔父から用事を頼まれたため列車に乗り遅れ、運良く空爆を(まぬが)れていた。  建物も全て焼け落ち、街は跡形(あとかた)も無かった。まだぷすぷすと(くすぶ)る家屋や、黒焦げの屍体の中を、節子と同い年くらいの子どもが(ほう)けたように彷徨ってゆく。  清太郎は女の子を見かけるたびに駆け寄り、顔を確認したが、夜になっても妹を探しだすことが出来なかった。  恥ずかしがり屋で、いつも清太郎の後ろを金魚のフンみたいに着いて歩いていた節子。一人で心細くて、泣いているにちがいない。そう思うと、まだ中学生の清太郎だったが、足が動かなくなるまで、夜通し「せつこー、せつこー」と探して廻った。  
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