第一部 天(そら)を乞う雪

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   * * * 「ただいま」  仄暗い玄関を抜け、舞雪は弱々しく声を出す。母親はまだ仕事から帰ってきていないのだろう、握っていた鍵を靴箱の上に置き、誰もいない部屋に入る。  白いリビングテーブルに保険証と医療証を並べて、食器棚へ向かう。グラスを取り出し、冷えていないミネラルウォーターを注ぐ。今日処方されたばかりの薬を取り出し、医師に言われたとおりに飲む。  薬を飲んだだけで、すぐに変わるとは思わなかったけど、飲まないよりは飲んだ方がいいことくらい、舞雪にもわかっている。  ふぅと一息ついて、カーペットの上にごろんと横になる。混沌とした頭の中を隠すように真っ白な霧が、脳裡を優しく染め上げていく。このまま少し眠ろうかな、と、うつ伏せになって。 「あ」  黒いテレビボードの下で、埃をかぶっている物体を見つける。  舞雪は匍匐前進して、それを手にとる。 木製の、フォトフレームだった。ガラスの向こうには、古ぼけた写真。  ……お父さん、だ。
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