第一部 天(そら)を乞う雪

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 勉強のし過ぎで目も疲れてしまったのだろうかと疑問を口にした彼女に、渡辺は深く頷く。そしてカルテではない別の紙に、さらさらと文字を書き始める。  上原は黙ってそれを見ている。  ……軽井沢舞雪、母子家庭のひとり娘。生活は豊かではないと言っているが、母親の教育方針のせいか、中学から女子校に通っている。学校ではしっかりもので先生にも信頼されている。特に問題がないように見えるが、真面目で頑張り屋なところが仇となったのだろう、周囲の期待に応えるために少女は自分の身を削って神経を参らせてしまったようだ。  彼女は冷静な態度を見せているが、いつ壊れかけた心が、暴れてもおかしくないのが現状なのである。  渡辺が立ち上がり、看護師に用紙を手渡す、その間に上原が舞雪に訊ねる。 「また、待合室で単語帳眺めていただろ?」  ――気づかれた。  舞雪は渋々、首を縦に振る。 「……はい」 「駄目だよそんなことしちゃ。治っていたものがまた悪くなっても知らないからな」  上原は現在精神科で研修をしている二十六歳の若手医師だ。年の離れた兄がいたら、こんな感じなのかなと舞雪は考える。 「気をつけます」
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