第一部 天(そら)を乞う雪

2/68
前へ
/305ページ
次へ
   * * *  咄嗟に駆け出して、戻ってきてしまった待合室。空いていた椅子に腰掛ける。息切れがする。身体が震えている。止まらない。 「まゆちゃん?」  まゆと呼ばれた少女、舞雪(まゆき)は馴染みの看護師の姿を認め、俯いていた顔を上げる。ああそうだやっぱり六花(りっか)さんだ。  安堵の表情を見せた舞雪の隣に座り、六花は静かに問いかける。 「忘れ物でもしたの?」  舞雪は無言で首を振る。違う、そうじゃないのと口にしようとして、気づく。 「あのひと」  舞雪が何に対して怯えているのか、六花にはわからない。ただ、少女の視線の向こうに、白衣を着た若い医師がいる。確か、彼は。 「木梨先生がどうかしたの?」 「木梨先生っていうの?」  遮るように、名を確かめる舞雪に、六花はおや、と思う。  異性に興味なんかないし、恋をするなんて面倒くさいと口にしていた舞雪が、初めて興味を抱いたのだ。男の人に。  だが、六花の想像を裏切るように、舞雪は呟く。 「なんか、こわい」  怖い? 思いがけない言葉に、六花は首を傾げる。 「どうして?」  びくり、と身体を震わせ、舞雪は六花の顔を見上げる。
/305ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加