美崎君へ

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「ずっと言えなかったのですが」とその手紙には書いてあった。 「もうこれ以上黙っているのが苦しいので言ってしまいます。僕は、佐々木さんが大好きです。」  いつもの流れるような達筆がそこだけ少し歪んでいて、美崎君の苦悩が窺えるようだった。  裏切られた、と私は思った。男女の間には恋愛とは違う連帯感や友情が成り立つと、そう私たちは信じていたんじゃなかったのか。結局、美崎君もただの男の子なのか。 「何様だよ」と苦笑いして大人になった私は呟く。自分だってただの女の子だったくせに。恋愛が面倒で、自分の理想を美崎君に押し付けて都合のいい友情ごっこをしていただけじゃないか。  あの時私は、美崎君から来た手紙を全てまとめて処分した。好きだの嫌いだの言い始めてしまったら、もうこの関係は続けられない、と思った。  美崎君は、あれから私からの返事をどんな思いで待ったんだろう。毎日毎日、郵便受けを覗いてはため息をついて、あんな手紙を出さなければよかったと悶々として、やっぱりあれはなかったことにしてくださいと追加の手紙を書いてやっぱり出せなくて途方にくれたりしたんだろうか。そうしているうちに、でも少しずつ時が経ってやがて私のことも忘れたんだろうか。  あれからもう何年も何年も経って、ただのしがないOLになった私は、自分の部屋でテレビを見ながら「バカだったな」とまた呟く。  テレビでは、難病治療に使える可能性のある細胞を発見したという研究ユニットのリーダーがインタビューを受けている。「世紀の大発見ですが、どんなお気持ちですか」と問われて答えるその人が一見無表情に見えて実は穏やかに微笑んでいることをどれだけの人が見抜けているだろう。
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