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美崎君は虫に似ていた。
人の外見についておよそ虫に似ているなんて言う発言をすることは許されないかもしれないけれど、でも彼の外見を表現するのにそれ以上に適切な言葉を見つけることはできない。
野球のホームベースのような角ばった顔に、細くて吊り上がり気味の目とこじんまりした鼻、とても薄い唇。それぞれに存在感のないパーツが、お互いに必要以上の距離を取って配置されている。分厚い瓶底眼鏡からはその表情を読み取ることは難しい。
私が美崎君に初めて出会ったのは、東京にある予備校の教室だった。
アットホームさが売りの少人数制のその予備校は繁華街に位置する無機質な四角いビルのワンフロアにあって、その教室の一画に、美崎君はいつもひっそりと座っていた。
対する私はと言えば、極々平均的な生徒で、暗すぎず明るすぎず、無難に過ごす浪人生だった。
私が初めて美崎君に注目したのは、ある授業の時。
何故そんな話になったかは覚えていないのだけれど、美崎君が言った。
「僕はホームで電車待ちをしているときに、このまま飛び込んで轢かれて死んでしまったらどうなるんだろうといつも考えています」
その発言には特に悲壮感が漂っているわけでも、あるいは変わったことを言って皆の注意を引いてみようという気負いのようなものも、何も感じられなかった。美崎君はおそらく本当にいつもホームで電車を待ちながらそんなことを考えているんだろうと思った。
美崎君の発言を受けて、教室の中には困惑や苦笑いの雰囲気が漂った。講師は、40代のユーモアあふれる人気の先生だったのだけれど、眉毛を下げてこういった。
「君、いつもそんなこと考えて生きてるの?大変だね」
その言葉にはほのかな嘲笑の気配が含まれていたと思う。
その時、私は教室の端っこからしみじみと美崎君を眺めていた。白い蛍光灯に照らされた箱の中で、周りの嘲笑にさらされながらも悠然とただそこに存在している美崎君のことを。
「なんてこった」と私は思った。
「なんてこった。美崎君と私以外は、あの感覚を知らないのか」
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