美崎君へ

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 それから、美崎君と私はたまに息抜きのお茶を飲みに行くようになった。美崎君が北海道の大学に進学したい、と言うので「なぜ北海道?」と問うと、彼は「出来るだけ東京から離れたいので」と答えた。 「僕には兄がいるんですが」  注意深く言葉を選んで美崎君は語った。 「兄は眉目秀麗で頭も良く、東京の大学に通っています。僕は兄のことが好きですが、近くに居るとどうしてもお互い気を使ってしましますし、一度距離を置いた方がいいと思ったんです」  私の困惑を読み取ったのか、彼はうっすらと笑って言った。 「いいんですよ。何度でも言いますが僕は兄が好きなんです。でも距離を置いた方がうまくいくこともある、そういうことです」  その頃にはもう、瓶底眼鏡の奥の目の細め方やうっすらとした唇の動きから、私は美崎君の微笑が読み取れるようになっていた。  その悠然とした立ち居振る舞いとは裏腹に、美崎君は勉強が苦手だった。いや、正確に言えば受験勉強が苦手だった。要領よく表面をなぞって物事を覚えるということが出来ないので、一つ一つの問題に対して考察に考察を重ねているうちにあっという間に周りに取り残されていることがよくあった。 「美崎君、もうちょっと割り切って丸暗記しちゃったほうがいいよ」と助言すると、美崎君は眉をひそめて考え込んでいたけれど、やがて諦めたようにため息をついた。 「佐々木さんの言う通りかもしれませんね。やってみます」  だから、彼が無事に第一志望の大学に合格した時に私はひそかに「ほらね、私のアドバイス通り」と思ったものだった。
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