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君のことはお見通し
私は決意した。
今年のクリスマス、大輔にプロポーズすることを。
私にとって絶対に負けらない戦いの幕が上がったのは本日10月5日、奇しくも大輔の誕生日だった。
「那子ちゃん、ありがとう。新しい財布丁度欲しかったんだ。よくわかったね」
「大輔の欲しいものだもん。予想つくよ」
「本当に? じゃあ、俺がクリスマスに欲しいものもわかる?」
私が作った唐揚げを頬張りながら、「これ、美味いね」と気に入った様子で自分の皿に追加で3つ取っていく。
「まだ、10月だよ。気が早いよ。それより私がクリスマスになにが欲しいか気にならないの?」
大輔は、「えーわからないよ」と漏らしながら、グラタンも大量に食べ始めたので、「ケーキ入らなくなるよ」とグラタンが入った大皿を自分の方に引き寄せた。
「那子ちゃん、何がほしい? クリスマス」
「ちょっとは考えてよ」
もっと考えて悩めばいいと思ったが、実はマフラーにもなる毛質のいい大判のストールに目星はつけてある。
「大輔は何か欲しいの?」
「内緒だよ。今度は絶対にわからない」
眼を細めながら自身あり気に言うではないか。そう言われると当てたくてしょうがなくなる。
「わからないとあげられないんだよ。それで損するのは大輔なんだからね」
気にして見ていたサラダにやっと手をつけ始めたのを確認していると「それもそうだなー」と呑気そうに野菜を口に運んでいる。
「ヒント3つ頂戴よ」
「3つだけだよ」
大輔の欲しいものの検討が今回はまるでつかない。普段ならとてもわかりやすく、今日のお財布だって、「最近、皮がへたってきたな」と言っていたのを聞いたり、「次は黒がいいかな? どう思う?」と意見を求めてきたりしたのだ。
唐揚げもグラタンも「これすごく好き」と美味しそうに食べてくれたから好物だとわかった。
何のヒントを貰うか考え黙り込む。頭の中は正当への近道はないかと渋滞している。
「那子ちゃんの質問に3回答えるね」
少し照れたように耳を赤くして、フォークを置いて私を見た。
「じゃあ、それは私も知ってるもの?」
「うん。知ってるよ」
知ってる物なら準備が出来そうだ。
「じゃあ、私の前で欲しいって言ったことある?」
「うーん。直接はないかな」
正解が遠退いた。
これは難しいかもしれない。
「じゃあ……物だよね? 何処かに一緒に行きたいとかじゃないよね?」
「……物じゃないよ」
「ええ! 旅行? 予約間に合うかな? クリスマスは混むんだよ!」
そして、予算も高い。大輔は半分出してくれるだろうけれど、ボーナスに頼るしかないと頭の中で即座に計算を開始する。
「旅行じゃないよ。一緒に行きたいとかじゃなくて……」
「じゃなくて?」
大輔は真面目そうな顔をした後、へたりと眉を下げた。
「やっぱり内緒。当ててみて」
私から目線を外し、トマトをフォークで突き始める。
「物でも旅行でもないんでしょ? 無理だよ。教えてよ。用意出来ないよ」
私の問いかけに、「クリスマスまで絶対に教えない」と頑なな態度を取りつつ、トマトをそのままにミネストローネを飲み干した。
「すごく美味しかった。誕生日スペシャルだね。那子ちゃんの誕生日は俺が作るからね」
トマトを残したまま「ご馳走さま」と逃げるように席を立った。
ミネストローネは食べられるのに、トマトは相変わらず駄目なんだなと残されたお皿を見て残念に感じた。
それから、さりげなく日常的に探りを入れた結果。
大輔の誕生日から2ヶ月が過ぎた今日。長かった詮索期間は終わり、私は結論に至った。
大輔は私と結婚したいのだ。
思い上がりかもしれないと思ったが、結婚準備雑誌が部屋の隅にあったり、デートの時にさりげなく指輪を見たり、「俺は15号だね。那子ちゃんは?」と号数を教えてくれたりしていた。
これはもう、クリスマスに逆プロポーズするしかない。
しかし、気づいた時には20日前。指輪の発注は間に合わないし、レストランもどこも予約で一杯で大変悔しい思いをした。
残り20日で一体何が出来るのか考えに考えた結果、今現在、私は市役所にいる。
婚姻届けをもらうためだ。
大輔の部屋の隅にあった結婚準備雑誌によると、当人2人を含め保証人も記載し記入ミスの可能性があるため数枚の確保が必要とあった。そのため、5枚確保して足早に帰宅した。
その日、大輔から電話があった。
「那子ちゃん。クリスマスなんだけど、外食しない?」
「予約とれたの? 私、とれなかったのに」
自分の不甲斐なさを嘆く余りに落ち込んだ声で返事をしてしまった。まずかったという気持ちの焦りが沈黙になる。
「もしかして、那子ちゃんは家でゆっくり過ごしたかった?」
「ううん。そういうんじゃないの。気にしないで。予約ありがとう」
「……やっぱり、俺が家で料理作って過ごそうか。予約取れたところ遠いんだ」
「え? でも、折角とれたのに」
「友達に譲るよ。俺もやっぱり2人でゆっくり過ごしたいから」
大輔はそう言って、「クリスマス何食べたい? 作れる物言ってね」と笑っていた。
完全に気を遣わせてしまった。それでも、レストランでプロポーズするのは勇気がいるなと思ったので、大輔には申し訳ないが2人で過ごすことにした。
そして、大輔の家で迎えることになったクリスマス前夜。私は仕事が終わって帰宅し、一代イベントに取り掛かっていた。
婚姻届けの『妻になる人』の欄の記入だ。これを明日、合計5枚大輔にプレゼントする。A3のクリアファイルに入れ、記入が見えるようにセットし、大きめのトートバッグに入れた。
準備万端だ。
驚く顔が見れるだろうと悪戯が成功する時のようにワクワクする。遠足の前のように中々寝付けなかったが、大輔をあっと言わせるのだと思うと幸せな気持ちになれた。
翌日25日、私は決戦の舞台である大輔の家に来ている。
絶対に失敗することはできない。一世一代の大舞台だ。何だか緊張している。
大きめのトートバッグを離さない私を大輔は訝し気な目で見ていたが気づかないふりで何とかやり過ごした。正直、ヒヤッとした。
大輔は料理をちゃんと作ってくれていて、どれもとても美味しかった。いい旦那様になることは間違いないなと食べながら何度も頷いた。
そして、大輔と食事を終えたその時、
遂に時は来た。
「那子ちゃん。あのさ、クリスマスプレゼントなんだけど、俺に……」
「待って」
言葉を遮ったためか大輔の目が泳いでいる。
しかし、構っていられるものか。
「大輔が欲しいって言ったプレゼント持って来たの」
「那子ちゃん? 物ではないんだよ」
「わかってる。いいの。私から大輔へ、これを見ればわかるから」
トートバッグからクリアファイルに入った記入済み婚姻届けを勢いよく机に叩きつけるように置き、息を思いっきり吸い込む。
「結婚しよう!!」
手を机に付いた勢いのまま前のめりに立ち上がる。椅子がそのまま後ろに倒れ凄い音がしたが気にしない。
やってやった。
その満足感で胸が一杯だ。
大輔の目は私の顔とプラスチック越しの婚姻届けを行ったり来たりしている。
もしかして、不正解だったかなと不安になって来たその時、
「あははは! さすが那子ちゃん!」
笑い出した大輔は机の下から箱を取り出して、私の目の前で開けた。
プロポーズリングが私の目の前で輝いている。
「これ渡して、『一緒の未来を下さい』って言おうと思ってたのにっ、まさかっ!」
肩を震わせて未だにケタケタ笑っているではないか。予想した反応と違い、焦ってしまう。
「だって、私と結婚したいんだと思って! そしたら、プロポーズするでしょ? 婚姻届けかなってなるじゃない!」
「男前な発想だね。ほんと、そういうところ好きだよ」
ひとしきり笑った大輔は目尻の涙を指で掬うように拭く。
「逆プロポーズされちゃったね」
プロポーズリングを箱から出して、机についていた私の右手を導くようにとった。
「もちろん、俺の未来を那子ちゃんにあげるよ」
取られた右手の先に指輪が触れる。
「だから、俺に那子ちゃんの未来をちょうだい」
指輪は抵抗なく私の指に吸い込まれるようにはまっていく。私の返事は聞くまでもなく決まっていた。
「逆プロポーズしたくらいだもの、もちろん!」
「那子ちゃんには敵わないな」
大輔のへの字になったら眉毛を見ながら、幸せだなっと思った。きっと近い内にお互いの左手薬指に指輪をはめることになるだろう。
だって、私から大輔への婚姻届けは今ここにあるのだから。
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