壱 姫との出会い

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壱 姫との出会い

「…え?藤原…?」  目を瞬かせる龍晴。  あ、いや…この平安の世には藤原を名字としている人はまぁまぁいる…! 「お、お父さんは?」 「藤原(ふじわらの)頼通(よりみち)よ」  …これは、まずいんじゃないか。  超上級貴族・藤原氏の令嬢と、夜、二人っきりだぞ。  ……ああっ、やっぱりまずい…!! 「あ、もう夜遅いし…俺、帰らないと」 「えっ、でも…」 「これ、お守りの護符!明日になったら、燃やして」  別れを渋る寛子に護符を押し付け、慌てて近くの(とおり)へ降りる。 「……ありがとう、龍晴」 「ああ、うん!またね」  手を大きく振って、龍晴は駆け出す。  寛子はそれを、寂しそうに見送っていた。 「…うわぁ…まずいぞこれ…」 「どうした?龍晴」  肩で息をする龍晴に、話しかける者が。 「あー…りっくん…」  胸元に提げている、小さく折り畳まれた紙から、うさぎのような生き物が出てくる。 「りっくん言うな。俺はリンだって、何回言えば済むんだ?」 「んー、あと百回くらい?」 「百回?じゃあ言ってやろうか。俺はリンだ俺はリンだ──」 「うるさいっ、耳元できゃんきゃん言うなッ」  リン。  うさぎのような見てくれをしている式神のようなもの。  ふさふさした耳を垂れており、額には深い海の青色をした、石にも見えるものがはまっている。  二人の出会いは──話せば長くなるが──つい最近だ。 「聞いてくれよぉ…あり得ない人に会ってしまった…」 「なんだ?背丈がお前より小さい、同年代のヤツに会ったとか?」 「あー、まあそんなもんなんだけど…つーか遠回しに背が小さいって言うな」 「バレた?」  悪びれずにそう言うリン。 「くうっ、なんか悔しい……!」 「で、どんな人に会ったんだ?」 「ああ、そうそう…それが…」  ろ、リンが札の中で眠っていた間の話を始めた龍晴。 「………お前…やらかしたな」 「ああ…ほんとだよ…」     * * * 「おはよう、龍晴。………寝不足かい」 「おはようございます…父上」  そう言った直後にあくびをする。 「リンも、きれいな毛並みがボサボサだけど」 「まあ、昨晩はいろいろあったからな…」  苦笑しつつ言うリン。 「何があったんだい」 「……聞いてくれますか?」 「あぁ、もちろんだよ」  龍晴の父、名は心晴。  かの大陰陽師・安倍(あべの)晴明(せいめい)の孫。  現在は安倍家の当主で、十二神将の面々をまとめている。 「昨夜、俺、妖退治に呼ばれたじゃないですか」 「あぁ、そうだったね」 「その帰り、物の怪に襲われかけてる女の子を見たんですよ」  ここで一つあくびをする龍晴。 「すみません…。それで、まぁ物の怪を祓って、女の子のこと助けたんですよ。その子が…藤原(ふじわらの)頼道(よりみち)様の、娘さんで…!」 「……あらまぁ」 「いや、もう本当にまずいと思って、護符だけ渡して帰ってきたんですけど」  はぁ、とため息をつく。 「まるで僕と毬子(まりこ)のようだね」 「……え?」  毬子とは、龍晴の母である。 「あぁ、なんでもないよ。大変だったんだね…まぁ、多分ここから厄介になるよ」 「そんな気はします…」  再び、ため息。 「さ、朝餉(あさげ)が冷めてしまうから、早く食べよう」 「はい」 「「いただきます」」  二人同時に、食べ始めた。  昼頃、屋敷の扉を叩く音がした。 「ごめんりっくん、ちょっと出てくる」 「おう。てかりっくん言うな」 「はいはい」  笑いながら玄関へ向かう。 「はい、どちら様で──」 「安倍龍晴は、いずこに?」 「…あ、俺ですが……」  自分を指差す龍晴。 「藤原寛子様が、貴殿と話がしたいとのことだ」 「え…姫様が?」  …うわぁ、嫌な予感。 「今すぐ、発てるか?」 「あっ…少々お待ちを、父上に、外出の旨を伝えてきます」  ぴしゃりと扉を閉め、大急ぎで駆ける龍晴。 「父上!」 「うん?どうしたんだい。先程、お客様が…」 「その人についてです」  大焦りで言う。 「なんか、姫様が…寛子様が俺を呼んでるみたいで…ちょっと、出かけてきます!」 「うん、頑張っておいで」  それを聞く前に、駆け出す龍晴。 「……あぁ、全く…本当に似たなぁ」  こういう出会いがあることまでも同じだとは、親に似すぎでないのか。  そう思って、心晴は微笑んだ。
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