5人が本棚に入れています
本棚に追加
壱 姫との出会い
「…え?藤原…?」
目を瞬かせる龍晴。
あ、いや…この平安の世には藤原を名字としている人はまぁまぁいる…!
「お、お父さんは?」
「藤原頼通よ」
…これは、まずいんじゃないか。
超上級貴族・藤原氏の令嬢と、夜、二人っきりだぞ。
……ああっ、やっぱりまずい…!!
「あ、もう夜遅いし…俺、帰らないと」
「えっ、でも…」
「これ、お守りの護符!明日になったら、燃やして」
別れを渋る寛子に護符を押し付け、慌てて近くの通へ降りる。
「……ありがとう、龍晴」
「ああ、うん!またね」
手を大きく振って、龍晴は駆け出す。
寛子はそれを、寂しそうに見送っていた。
「…うわぁ…まずいぞこれ…」
「どうした?龍晴」
肩で息をする龍晴に、話しかける者が。
「あー…りっくん…」
胸元に提げている、小さく折り畳まれた紙から、うさぎのような生き物が出てくる。
「りっくん言うな。俺はリンだって、何回言えば済むんだ?」
「んー、あと百回くらい?」
「百回?じゃあ言ってやろうか。俺はリンだ俺はリンだ──」
「うるさいっ、耳元できゃんきゃん言うなッ」
リン。
うさぎのような見てくれをしている式神のようなもの。
ふさふさした耳を垂れており、額には深い海の青色をした、石にも見えるものがはまっている。
二人の出会いは──話せば長くなるが──つい最近だ。
「聞いてくれよぉ…あり得ない人に会ってしまった…」
「なんだ?背丈がお前より小さい、同年代のヤツに会ったとか?」
「あー、まあそんなもんなんだけど…つーか遠回しに背が小さいって言うな」
「バレた?」
悪びれずにそう言うリン。
「くうっ、なんか悔しい……!」
「で、どんな人に会ったんだ?」
「ああ、そうそう…それが…」
ろ、リンが札の中で眠っていた間の話を始めた龍晴。
「………お前…やらかしたな」
「ああ…ほんとだよ…」
* * *
「おはよう、龍晴。………寝不足かい」
「おはようございます…父上」
そう言った直後にあくびをする。
「リンも、きれいな毛並みがボサボサだけど」
「まあ、昨晩はいろいろあったからな…」
苦笑しつつ言うリン。
「何があったんだい」
「……聞いてくれますか?」
「あぁ、もちろんだよ」
龍晴の父、名は心晴。
かの大陰陽師・安倍晴明の孫。
現在は安倍家の当主で、十二神将の面々をまとめている。
「昨夜、俺、妖退治に呼ばれたじゃないですか」
「あぁ、そうだったね」
「その帰り、物の怪に襲われかけてる女の子を見たんですよ」
ここで一つあくびをする龍晴。
「すみません…。それで、まぁ物の怪を祓って、女の子のこと助けたんですよ。その子が…藤原頼道様の、娘さんで…!」
「……あらまぁ」
「いや、もう本当にまずいと思って、護符だけ渡して帰ってきたんですけど」
はぁ、とため息をつく。
「まるで僕と毬子のようだね」
「……え?」
毬子とは、龍晴の母である。
「あぁ、なんでもないよ。大変だったんだね…まぁ、多分ここから厄介になるよ」
「そんな気はします…」
再び、ため息。
「さ、朝餉が冷めてしまうから、早く食べよう」
「はい」
「「いただきます」」
二人同時に、食べ始めた。
昼頃、屋敷の扉を叩く音がした。
「ごめんりっくん、ちょっと出てくる」
「おう。てかりっくん言うな」
「はいはい」
笑いながら玄関へ向かう。
「はい、どちら様で──」
「安倍龍晴は、いずこに?」
「…あ、俺ですが……」
自分を指差す龍晴。
「藤原寛子様が、貴殿と話がしたいとのことだ」
「え…姫様が?」
…うわぁ、嫌な予感。
「今すぐ、発てるか?」
「あっ…少々お待ちを、父上に、外出の旨を伝えてきます」
ぴしゃりと扉を閉め、大急ぎで駆ける龍晴。
「父上!」
「うん?どうしたんだい。先程、お客様が…」
「その人についてです」
大焦りで言う。
「なんか、姫様が…寛子様が俺を呼んでるみたいで…ちょっと、出かけてきます!」
「うん、頑張っておいで」
それを聞く前に、駆け出す龍晴。
「……あぁ、全く…本当に似たなぁ」
こういう出会いがあることまでも同じだとは、親に似すぎでないのか。
そう思って、心晴は微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!