弐 鬼見

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弐 鬼見

「何だろう…」  すごく、緊張する。  どんな内容の話でも、きっと昨夜のことが…。 「はぁ…本当面倒なことになった…」 「ほんっとに、心晴に似たなぁ」 「え?」  小声で反応する龍晴。 「こんなことがあったんだよ、心晴にも」 「どういうこと?」 「お前と同じくらいの歳のときになぁ、たまたま毬子に会ってなぁ、助けちゃってなぁ」 「…うわ、完全に同じ…」  小さく呟く。  毬子も、藤原家の姫だったのだ。 「んで、毬子の護衛をするように言われてなぁ」 「この流れだと、俺もそうなるってことか……」 「毬子が化け物に(さら)われたのを助けてなぁ。ついでに、そこに封印されてた風神の封印を解いてなぁ」 「……え」  そんなことはできない、無理だ。 「そんなこんなで、今はあんなに仲(むつ)まじくしてるわけ」 「…へぇ」 「し、失礼いたします」 「あぁっ、龍晴!来てくれたのね」  嬉しそうに声を弾ませる寛子。 「昨夜は───」  低く、張りのある声がした。 「娘の寛子の命を救ってくれて、ありがとう」 「よっ、頼道(よりみち)様?!やめてください、顔を…!」 「私の娘は、鬼見(おにみえ)を持っている」  その一言に、はっと息を呑む龍晴。 「それ故に、妖に狙われやすいのだ」  鬼見。  その名の通り、鬼を見ることができる能力のこと。  鬼とは、リンをはじめとする物の怪や、龍晴の祓う妖のことを指す。 「…だから…」  あんな深夜に妖に襲われる人を見たのは、今までにも数えるほどだ。 「……安倍龍晴。そなたに───寛子の護衛を頼みたい」  わ、やっぱり。 「その…失礼だとは存じますが……私で、よろしいのですか?」 「あぁ。そなただから、頼もうと思っておる」 「昨日で、あなたの腕が相当なものだと分かったの」  寛子が口を挟む。 「私からも、お願い。あなたでないと……心配でならない」 「父上もいるのですよ?」 「心晴殿には、日頃から世話になっている」  その上で、ってことか。 「───……分かり、ました。必ず、命をかけてでも寛子様をお守りします」  深々と頭を下げると、頼道は、 「あぁ、頼んだぞ」 「はいっ」  頼道が退室し緊張がほぐれると、御簾(みす)ごしに佇む寛子が見えた。 「もう少し、こちらへ」 「……昨夜は、すみませんでした」 「いいえ。あの護符、きちんと燃やしたわ。どうして燃やすの?」 「護符には、姫様の周りの悪いものが吸い込まれます。そのままにしておくと、大きな怨念(おんねん)となって姫様を襲ってしまうから、ですかね」  実は、俺も知らん。  心の中で呟く龍晴。  それっぽいことは言えたかな。 「そうなのね。……私、陰陽師で直接会ったのは、あなたが二人目」 「…一人目は?」  予想は、大体つくが。 「心晴様よ」 「あ…やっぱり…」  さっきの話からでも分かるわな、これ。 「龍晴は、心晴様が嫌い?」 「…いや、そういうわけじゃないんですが…」  困ったように笑う龍晴。 「なんか…俺ができないことを…楽々こなしていくことが、気に入らないんです。己の力不足を見せつけられてる気がして」 「なるほど…」 「しかも、あの“稀代(きたい)の陰陽師・安倍心晴の息子だ”って言われるんで…俺のこと、一個人として認めてほしいんです」 「気をつけるわね、心晴様の話を出さないように」  微笑んでそう言う寛子。 「…姫様は…」  さらに質問しようとすると、唐突に寛子は頭を振った。 「…どうされました?」 「寛子」 「……え?」 「私は姫ではないわ。寛子よ」  よほど不快感だったらしく、声色が少し苛立(いらだ)ちをはらんでいる。 「す、すみません…寛子様」 「だめ!様もだめ、敬語もだめよ」  さらに声を上げる寛子。 「……堅苦しいのは、嫌い」  寂しそうに、目を伏せてそう言った。 「……分かった。寛子、ね」  そう呼ぶと、寛子はパッと目を輝かせた。 「…ありがとう、龍晴」 「いやいや、そんな」 「あぁでも…二人きりの時だけね?お父様や女房がいる時はだめ」 「はいはい」  言われなくても、分かってるって。  そう続けた龍晴に、寛子は笑いかけた。 「御簾を上げてくれる?」 「え、でも…」 「いいの。お父様のお許しは出ているから」 「…分かった」  龍晴は御簾を上げながら、寛子に尋ねた。 「寛子は、小さい頃から妖が見えるの?」 「…そう、ね。物心ついたときから」 「へぇ…あ、じゃあ」  と、胸元から小さな巾着袋を出す。 「…それは?」 「ちょっと待って。……りっくーん、出てきてー」 「……りっくん?」  首を傾げる寛子の前に、リンが現れる。 「わっ…」  唖然としてリンを見つめる。 「んだよ龍晴、りっくん言うなよ」 「ごめんって」 「思ってないよな。絶対」  リンは半目で龍晴を()めつける。 「……ってか、ここどこだ?」 「寛子の屋敷」 「───……は?」  そう言って、振り返る。 「……」  目が、合う。 「寛子って、お前のこと?」 「えっ、えぇ」 「へぇ…俺のこと見えて、声聞けてんの?」 「えぇ」  怖々と頷く寛子。 「すげぇ鬼見だな」 「えっと、これは俺の式神のりっくん」 「これって言うな。ってかりっくんじゃなくてリンだ!」 「よろしくね、えっと…りっくん」 「だから、りっくんと違う!」  甲高い声でまくし立てるので、寛子は苦笑い。 「じゃあ、何て呼べばいいの?」 「リンでいい」 「……やっぱり、りっくんでいい?」 「………はぁ」  これ、絶対堂々巡(どうどうめぐ)りだな。 「もう勝手にしろ…」 「わ、諦めた。すげぇや寛子」 「じゃあまた言ってやろうか?!」 「はいもう結構ですー」  二人の舌戦に、寛子は思わず笑ってしまう。 「仲が良いのね、二人は」 「「仲なんて良くないっ!」」  声が揃ってしまう。 「ほら、やっぱり仲良いんでしょう?」 「……まぁ、そうでもないって」  龍晴は不快そうに呟いた。
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