狂気

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扉の鍵を開けた途端に勢いよく扉が開いて 「ミキ」 ホッとしたようなバリトンに囚われた 何かを考えるより先に サッと手を引かれキツく胸に閉じ込められた後抱き上げられて そのままリビングへと戻された 「ミキ、お腹空いてない?」 ・・・お腹は空いていない 「・・・コーヒー、飲みたいです」 「じゃあとびきり美味しいのいれるから待ってて」 ソファに座らせてくれたあとは 名残惜しそうに頭を撫でてキッチンへと入って行った カウンター越しに見える姿は 柔らかで少しホッとする 包み込まれるような座り心地の良いソファに背中を預けると コーヒーの香りが漂ってきた 「どうぞ」 「ありがとう、ございます」 「敬語、なかなか外せないね」 「・・・」 広いリビングの大きなソファは三つ それなのに隣に隙間なく座る彼は 右手でカップを持って、左手は私の肩に回した 「此処に引越してくる?」 「・・・・・・いい、え」 「どうして?」 「今のアパート、好きなので」 「そうなの?僕には全然良いと思えないけどね」 「・・・」 「セキュリティもダメ 駅近だけど商店街は早くに閉まるから治安も悪い 壁も薄いからプライバシーも守られてない それに男が住んでる割合が多い」 時折顔を覗き込みながら 私のアパートの悪口を言う唇を見ていた 視線を合わせると飲み込まれそうな気がする こんなに性急に関係が濃くなるなんて どうしてこうなってしまったんだろう 香りの良いコーヒーを少しずつ飲みながら あの夜のことを思い出していた
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