一目惚れという運命

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翌日 職場に持ち込み禁止の携帯電話は ロッカーに入ったまま原田さんからの着信を何度も受けていたけれど お昼も社員パスの支払いと混雑で 休憩が終わるギリギリ食べ終わったからメイク直しすることも叶わず ロッカーを開けることのなかった私 並ぶそれに気づいたのは終業後だった 「・・・っ」 何十回かけてくれたのか 猟奇的にも思えるそれは携帯電話を充電切れ間近にしていて このままかけ直して途中で切れてしまうといけないから 帰って充電を繋げてからにしようと諦めた 携帯をバッグに戻してロッカーを閉める 周りに居る先輩達に頭を下げて 女子更衣室を出た 「ハァ」 無意識に出たため息は安堵だろうか 新入社員が私一人だった今期の採用 その事実を知っていれば内定を辞退したかもしれなかった ビルの裏口を抜ける頃には 少し涼しくなった風が吹いていた その空気を一度深く吸い込むと また駅までの人波に乗った □□□ 会社からは電車で三駅 大学生で始めた一人暮らしのアパートは たまたま会社の沿線で、そのまま更新することにした シンとした部屋に入ると一番にバッグから携帯を取り出して充電器を繋げた 浮かび上がる通知を眺めていると 画面が着信に切り替わった 「・・・はい」 (あ、良かった、繋がった あの、原田です。昨日タクシー代をお借りした原田彩人です) 電話の向こう側の顔を想像して 少し頬が緩むのを感じた 「あ、はい。分かります」 (迷惑だと思ったんだけど何度もかけてしまって・・・) 「あ、あの、職場に携帯持ち込めなくて 気付いたのが遅くてごめんなさい」 (あ、いや、こちらこそ 仕事終わりましたか?) 「はい。自宅に戻ったところです」 (あぁ、そうですか・・・ あの・・・) タクシー代を返したいという彼の言葉を聞きながら 大学を卒業してから 会社以外の人と話す機会が無くて なんだか笑っている自分に気付いた テンポの良い原田さんの口調と 耳元で囁かれているようなバリトンの響きに時間を忘れてお喋りは続き 結局・・・ どうしてもお礼を兼ねて食事に誘いたいと説得されて 明日の金曜日、終業後に駅前で待ち合わせることになった
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