アトラクション的求婚方法

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アトラクション的求婚方法

 付き合って数年。  それまで結婚のけの字すら出していなかった。お互いの親にも紹介済みで、仕事も忙しく将来の話も全く進んでいない。  向こうも少しは考えてくれているだろうが、やっぱり口に出せずにいるのだと思う。早く落ち着いた方がいいというアドバイスもスルーしていたが、いつまでもこのままでいる訳にはいかない。  単に一緒に居る時間が少ないのだ。  こちらは日中の仕事が多く、相手は遅番ありきの仕事。  休みも合わせたくてもなかなか合わない。なので、お互いの会話は携帯電話でのツールのみ。  それでもお互い満足していた。  ろくにお互いの関係も進展も無い状況だったが、ある日不意に思いついた事を実行しようと思った。昼休みに一人で外に出て、ぼんやりと公園のベンチでサンドイッチを食べていた時に浮かんだのだ。  向こうが休みで俺が仕事に出ている日が最適だろう。  その前に準備もしておかないとならない。  …てか、サイズはどうだったっけ?  実行日。 『おはよう、起きた?』  俺はいつものように向こうに連絡する。起きる時間は完全に把握していたから、返事はすぐに戻って来るだろうと思っていた。  軽快な単音と共に、返事はすぐに届いた。 『おはよう、起きたよー』 『そっか。ちょっと俺と遊んで』 『何朝っぱらから?』  数回のやり取りの末、仕方無いなぁという言葉と一緒に可愛い絵柄のスタンプが載せられてきた。  よし、準備OKだな。 『テーブルにある紙を見てくんない?』 『ん?うん、分かった』  何させる気よ?というメッセージと一緒に、相手は俺に動いてくれる。間を置いて、向こうから『何これ?』と質問が戻って来た。 『出張に行った時に買ってきた民芸品』 『えぇ…趣味悪っ』  その民芸品は目玉がやけに飛び出している顔だけのマグネットだった。面白いだろうなと思って買ってきたのだが、どうやら不評だったようだ。  あんたの買う物はほとんど趣味が悪い、という言葉を貰ってしまった。  そんな言い方って無いと思う。 『紙に何か書いてる…んっと、台所を見て?中を見ればいいの?』 『うん。朝だからとりあえず水分補給して』  あらかじめ、俺は民芸品と一緒に手紙を仕込んでいる。その他の物にも同じように手紙をしたためていた。  分かったー、と素直に従う様子をリアルタイムで眺めていると、やがてピコンという音と一緒に野菜ジュース飲んだ、と返事が来た。 『これ野菜ジュースだったの?めちゃくちゃ酷い色してたんだけど』 『俺が作った』 『えぇ…』  心底嫌そうだったが、味は悪くなかったらしい。ちゃんと色々考えてミックスした物だから、腹は壊さないはずだ。多分。  数秒後、今度はベランダを見ろって書かれてる、と返ってきた。 『うん。じゃあベランダ見て』 『分かった』  ある種のアトラクションのような感じにしてみたのだ。  新鮮な空気を吸う事も大事だから。すると、次は怒りのメッセージが届いた。 『ちょっと!!』 『んあ?』 『ハズレって何!?何なのあんた!!』  ベランダを開けたすぐ目の前に、デカデカとハズレと筆ペンで半紙に書いておいたのだ。俺はその反応を見た瞬間、一人で笑いを噛み殺していた。  当然のように、相手は怒りでふざけんな!とメッセージを送り続けている。 『次あるだろ?』 『はぁ?次もあるの?』 『いいから進めって』  だっるー、という面倒そうな言葉と一緒に再び進んでいく。まるでゲームのクエストを攻略するかのように、事の成り行きを黙って見ていた。  次は俺がいつも使っている机の引き出し。  ハズレの次にこれだから、余計呆れるだろうか。今か今かと待っていると、予想した通りの返事が届いた。 『何で鉛筆一本だけ転がってる引き出しを見なきゃいけないのよ!』  俺はついにぶほっと噴き出してしまった。  側から見れば、俺は完全に変質者だろう。どうにか気を取り直して、次の指示をする。 『まだあるから!!いいから進めって!』 『折角の休みなのにくだらない事で人を動かさないでよ!!』  そう言いつつ、素直に従っているようだ。  鉛筆が置かれた引き出しに添えられた次のメッセージは、リビングのテーブルの真下を見ろと指示書きしている。  それが一番渡したかったものだった。  それまですぐに反応していたのに、今回は時間を要していた。 『おーい』 『どした?』 『次見つけたんだろ、次ー』  連続でメッセージを送っても、なかなか返事が来ない。  おかしいな、もしかして迷惑だったか?  一瞬不穏な気持ちが過ぎった。 『ちょっと…何、指輪?』  ようやく言葉がこちらに届いた。何だ、見つけたのかとホッとする。 『そうそう』 『今度またつまんないもの出してきたらビンタしてやろうかって思ったのに』 『まだいっぱい仕込んでやろうかって思ってた。やらなくて良かった』 『何指輪って…指輪…なにここここっれ?』  変に動揺しているらしく、打ち込んでいる言葉が途中でおかしくなっている。これは大成功か?と思った。  俺はふっと笑いながら、向こうに返事を打ち込む。 『こういう形でしか今渡せなくて悪いんだけどさ。まぁ、とりあえず結婚しようか』 『け、けっ根?ま痔で???』 『てか、その変換おかしくないか?どうやったらその誤変換になるんだよ』 『んえっ?』  こっちはちゃんと話しているのに、向こうは誤変換が半端無かった。無理も無いかもしれない。  俺は思わずニヤニヤしながら、時間合わせて色んな事を決めようと追撃のメッセージを飛ばす。とりあえず喜んでくれたようだ。  すると、動揺したままの状態で『ちょと』と文字が出てきた。 『ゆびわ、すげく、でけえ』 『でけえって』 『おやゆびいじょうなんだけど!?』 『あんた、サイズ、めっちゃでかくたのんだろ』  全部平仮名だった。 『サイズ何だったか忘れちゃって…今度合わせに行こう。なっ?』  恋人のサイズ位覚えておけ、と全部平仮名で返ってくる。どうやらまだ動揺している模様。何だか可愛い。  俺は苦笑いし、その時になったら覚えるからさ…と携帯電話を通してそう伝えた。
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