オレハン 第4話

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第4話 それはまるで舞のように  今日も今日とて、勇也は空護の戦闘訓練を受けている。  空護が正面から向かってくるのを、勇也は空護の利き手である右手と反対側に躱す。空護はすぐに向きを変え、ヴァルフェを横に薙いだが、紙一重で届かなかった。  すれすれを走るヴァルフェに勇也は冷や汗をかいたが、すぐさま体勢を立て直した。空護は体勢を低くし足元を狙う。しかし、勇也にはこれがフェイクだと分かっている。上に躱そうとする勇也を、下から突き上げる算段なのだろう。勇也はくるりと右に躱し空護の背後をとった。  しかしすぐに空護も振り向き、その反動で突きを繰り出す。勇也は体をひねりぎりぎり躱したが、空護は素早くヴァルフェを自分の方へ引き、もう一歩踏み出してもう一度突いた。  体勢をくずしたままの勇也にそれは躱せず、空護の突きは勇也の腹に入った。 「かっ…は…」  勇也は痛む自分の腹を一度さする。たった数撃だが、空護の攻撃を躱せるようになった。しかし喜ぶ間もなく、空護は実力差を見せてくる。歯をくいしばり痛みに耐えながら、空護を睨んだ。 「もう1回お願いします!」  いつもなら空護はすぐヴァルフェを構えるが、今は棒立ちしている。 「…そろそろ、頃合いか。…どうするかな」  相変わらずローブをかぶっているため、空護の表情は見えない。ただ、その口調から何か考え事をしているようだった。 「先輩…?」  勇也が声をかけても、空護はぶつぶつと考え事をしている。どうしたものかと勇也が頭を悩ませていると、スピーカーから敏久の声が響いてきた。 『大神、清水、鷲巣市土田倉地区でクマのビーストが現れた。至急向かってくれ。問題ないと思うが、2人の手に余るようなら応援を呼べ!』  ブツリと音を立てて、敏久からの放送が終わる。 「クマか、ちょうどいいな。清水、いくぞ」  敏久の放送を聞いて空護の考え事は解決したらしい。空護はスタスタと先に進んでいく。 「はい!」  ビーストの中でもNO.2の強さを誇るクマとの戦いに、勇也は緊張で胸が脈打っていた。  アルティメット・ビーストは、一般人にとって恐怖の対象である。特に恐ろしいのが2種。 一時期は絶滅したと言われていたが、細々と生き残り少しずつ数を増やしてきたオオカミ。 オオカミが減ったことにより食物連鎖のトップとなったクマ。この2種はビーストの中でも特に強い。  勇也は今までこの2種に出会ったことがない。土田倉地区に向かう間、勇也は恐怖と緊張でガチガチに固まっていた。 「おい」  空護や清美にコテンパンにされている自分が、クマに勝てるのだろうか。勇也の腹の中で恐怖が渦巻いている。 「おいっ!」 「は、はい!」  緊張でいっぱいいっぱいになっていた勇也は、空護の呼びかけに気が付かなかった。 「そろそろ着く。お前がまず行って3撃躱してこい。それが出来たらかわってやる」 「は、はいっ!?クマ相手にですか?」 「そう言ってんだろ」  戸惑う勇也に裏腹にエアカーはスムーズに着陸する。  土田倉地区は人工森林(アーティシャルフォレスト)通称アーティレストがある。木材の供給源である森林は、大半がデンジャーゾーンに含まれている。そのため、グレーゾーンやセーフゾーンに改めて植林し育てた森林をアーティレストと呼ぶ。  今回のビーストは、アーティレストに迷い込んでしまったようだ。だがビーストはそんなことは気にせず、悠長に木の実をむさぼっている。  ビーストの体長は3mを裕に越している。勇也の2倍くらいだろうか。  勇也はエアカーから降りて、目を閉じ大きく息を吐き余分に入っている体の力を抜く。勇也の心にはうっすら恐怖が残っているが、バトルアックスを力強く握りしめてごまかした。  勇也は音もなく駆け出す。空護が小さく、倒すんじゃねーぞ、と告げた。勇也にその真意は分からなかったが、ただうなずいた。  ビーストはすぐに勇也に気が付いた。のそりと体を起こし、2本足で立った。そして向かってくる勇也に前足を振り上げる。勇也にはその様子がスローモーションのように見えた。 ぎりぎりまで引き付けて、右側に躱す。ビーストの攻撃は強力で、前足の振り上げだけで、地面にひびが入る。  勇也はその様子に、流石NO.2と称賛を送るが、空護のスピードに慣れ過ぎたせいか、躱すのは難しくなかった。  ビーストは2本の前足を使って横に縦に攻撃してくるが、勇也にはかすりもしない。  そろそろかと思い、勇也は2度3度後ろに跳んで、空護の方に視線をやった。  距離をとった勇也に、クマは再び前足を振り上げる。本来あたるはずのない攻撃だが、ビーストはその爪から刃のような風を発生させた。クマから視線を外していた勇也は反応が遅れる。 ぶわりと、勇也のそばで風が舞った。空護が目にも止まらないスピードで勇也のもとに行き、刀のヴァルフェ、鷲狩で風の刃を薙ぎ払った。鷲狩の刃渡りは70cm程度で、反りが浅く入っており、まるで日本刀のような形をしている。 「油断してんじゃねえよ、へっぽこ」 「すみません!」  ビーストの攻撃に動けなかった勇也を、空護がかばった。 「まあいい。お前はそこで大人しくしてろ。刃の色、ちゃんと見てろよ」  そう告げて空護は駆け出した。  それはまるで、舞っているかのように美しかった。  空護は疾風のような速さで、悠々とビーストの攻撃を躱す。 空護の動きに合わせてローブがはためいた。 空護の重力を感じさせない軽やかな動きに、勇也は思わず息を飲む。  空護が鷲狩にマナを込める。ビーストの懐に入り込み、青い刃で横に薙いだ。しかし、その刃はビーストの首に少しめり込んだだけで、致命傷には至らない。 「先輩!」  勇也は心配して空護を呼んだが、空護に慌てる雰囲気はない。  ビーストはすかさず空護に攻撃を仕掛けるが、空護は想定内のようで素早く鷲狩の刃を消すとひらりと攻撃を躱し、背後をとった。 「てめえの心配なんぞ、いらねえよバァカ」  空護の真っ白い刃が、ビーストの首にあたり、滑らかに切り落とした。ビーストの首から血が噴水のように湧き出す。空護はすぐさま距離をとり、血をかぶるのを防いだ。  ビーストの体がばたりと倒れる。その一連の流れは、まるで映画のワンシーンをみているかのようだった。  ゆったりとした歩みで、空護は勇也のもとに戻る。空護は息の1つも乱していなかった。 「見てたかよ、刃の色」 「はい!1撃目は青くて、2撃目は白かったです!そして、白い方が切れ味がよかったです」  空護の戦いに興奮した勇也は、食い気味に答えを返す。 「…ヴァルフェの特徴として、刃の色が白いほど、マナのコントロールが出来ていて、切れ味が増す。そしてもう1つ。刃をもつヴァルフェは基本的に、マナで形成する刃の面積が広いほど、その切れ味は増す。お前のヴァルフェにマナ込めてみろ」 「はい」  勇也はバトルアックスにマナを込めると、青白い刃が現れた。空護も鷲狩にマナを込める。 「オレの鷲狩と比較しても分かるように、斧っていうのは、刃が大きい。数あるヴァルフェの中でもトップの切れ味だ。その分、マナ消費が激しいのが欠点だがな」  勇也は自分と空護のヴァルフェを見比べる。バトルアックスの刃は、長さは40cmほどで短いが幅がある。面積で比べればバトルアックスの方がひろいだろう。空護が刃を消したのをみて、勇也も消した。 「これからは、戦闘訓練と平行してマナのコントロールの訓練も進める。分かったな」 「はい、わかりました!」  マナのコントロール、勇也は声もなくつぶやく。  ハンターになるものは、就職する前に半年ほど養成所に通うことになっている。  そこではビーストの基礎知識や、ヴァルフェの扱いを学ぶ。皆養成所で自分に合ったヴァルフェを探すのだ。  勇也が養成所の先生に勧められたヴァルフェは、今使っている斧。なんでも、自分はマナの量が多いそうだ。 ―――勇也君は、マナがいっぱいある分、コントロールが下手だね  養成所の教師の言葉を思い出す。勇也はマナが有り余っているせいか、どうしてもマナを多く使いがちだった。  憂鬱なことを思い出し、小さくため息をつく。 「…逃げたきゃ逃げろ。てめえの面倒見なくて済むからな」  空護はさっさとエアカーに向かっていく。 「逃げねえっすよ!苦手な自覚ありますけど!」  空護にバカにされ、勇也はむきになって言い返す。しかし空護は全く意に介さず、勇也は歯噛みする。 「オレはそんな軟弱じゃねえっす!いつか先輩にだって勝ってみせますからね!」  勇也は、自分が空護の足元にも及ばないことは分かっている。分かっているが、言われっぱなしではいられなかった。  空護がぴたりと足を止める。 「そんな日なんざ、来てたまるか」  振り返ることもせず、空護は苛立たし気に吐き捨てた。 「そんな日は、いらねえんだよ。オレにも、お前にも」  空護は言いたいだけ言ったのか、再び歩を進める。 「…どういう意味ですか?」  勇也は空護に問いかけるが、空護は何も答えず歩き続ける。勇也も追いていかれないように足を進めた。  空護の真意が分からなくて、勇也の心はざらつき落ち着かない。空護をさらに問い詰めようとしたが、自分に向けられた背から拒絶を感じて口を閉ざす。 ―――いらないってなんだよ  勇也は小さく呟いてみたが、やはり空護は答えなかった。
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