猫の王様 ~EP.5 猫の王様とバレンタインの話~

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 男女に関わらず、人間に好意を向けられるのは苦手なはずなのに、彼と一緒にいるのは何故か苦痛ではなかった。そういえば、初めて会ったときから彼のことは怖くなかった。怪我の手当だって、普通なら人間には触りたくないから、救急箱を渡して終わりだったはずだ。でも、俺はそうしなかった。  少し間隔はあるが、隣に座っているときも変な緊張感がない。服の上からとはいえ、不意に腕が触れても嫌じゃない。俺の膝にいる猫を撫でるのに、彼が手を伸ばしてきても、体が強張ったりしない。  彼は……特別なのか? 俺にとって。  彼が怖くない理由はすぐにいくつか考えられた。彼の声は静かで、聞いているだけで心地がいい。一つ一つの動作が丁寧だから、無駄に大きな音を立てないし、見ていて安心する。彼は遠慮がちなところがあり、親しくなってからも馴れ馴れしい態度をせず、きちんと一定の心の距離を保ってくれる。  だが、本当にそれだけだろうか? 今までもそういう人間はいたように思う。けれど遠く離れていても、目に見えない好意が自分に向けられていることが嫌だったはずだ。今もそれは変わらない。ならば彼は何が違うのだろう。
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