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16『赤い長靴・2』
やくも・16『赤い長靴・2』
川というよりも滝だ。
二丁目の崖道は、二丁目そのもの緩い谷底のようなところにあるので、平場じゃ、どうってことのない雨でもけっこうな流れになる。水嵩はしれてるけど、ほとんど激流。
むろん、側溝やら下水道があるから吸収されるんだけど、一丁目や三丁目の雨水も流れてきて限界を超えている。
子どものころに、お父さんとお母さんに連れられてハイキングに行った。途中に流れの速い小川があって、靴も靴下も脱いで親子三人中州を目指して歩いた。子ども一人だったら流されそうなんだけど、お父さんとお母さんがしっかり手を掴んでくれていたので、キャッキャ言いながら楽しかった。
あの小川の流れほどの水量ではないんだけど、ハイキングじゃないので、この雨のなか学校に行かなければならないという理不尽に、気持ちは斜め下に落ち込んでしまう。
流されることは無くても、滑ってひっくり返るかもしれない。ひっくり返ったら、きっと下着までビチャビチャになる。
折り返しを曲がって崖下の道に差しかかる。ほとんど傾斜は無いのでマシになるかと思ったら、あちこちからの流れが合流して、水嵩はさらに増している。
気を付けなくっちゃ。
一歩一歩、長靴の脚を置くようにして進む。踏み出した足に、きちんと重心を載せるまでは、次の一歩を踏み出さないのだ。
めっちゃ時間がかかる。
学校への直線道に入ったところで、追い越していった男子が、見事にお尻からひっくり返る。
立ち上がると、気持ち悪そうにしているけど、そのまま校門に向かって走っていった。
やっと、昇降口にたどり着く。
いつもより時間がかかったので、昇降口は登校してきた生徒でごった返している。
ハンカチやタオルを出して拭いたり、靴の中に溜まった水を出したり、靴下脱いだり、いつもだったら掛からない手間で人が溜まってしまうんだ。
ちょっと時間待ち。通学カバンと上着の右側、スカートの下半分がベチョベチョで気持ちが悪い。長靴のお蔭で、足だけはサラサラだ。でも、みんなが赤い長靴に注目しているような気がする。
「お早う、よく振るねえ」
声に振り返ると小桜さんだ。
「おは……あ、かしこ~い!」
小桜さんは、スカートと足首にビニールを巻き付けていた。それをさっさと外すとゴミ箱へ。これならあとくされがない。
「かわいい長靴じゃない!」
大きな声で、長靴に注目する。
「え、あ、お、お母さんのお下がりだから」
自分の意思で履いてきたんじゃないを言いたかったんだけど、なんかマザコン的でヤな感じだ。
「ふ~ん、いいと思うわよ、そういうのって。あたしなんか、まるっきりオッサンだもん」
「そんなことないわよ」
お下がりっていうよりも、オッサンと言った方が何十倍もマシ、いや、むしろカッコよくさえあると思う。
やっと下足箱の順番がまわって来る。
上履きに履き替えて困った。
なんと、長靴がロッカーに入らないのだ。ロッカーの上に置こうか……ダメダメ、目立ちすぎる。後ろがつかえているし。
「持って上がればいいじゃん!」
小桜さんの力強い一言で、長靴を持ったまま教室に向かうことになった……。
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