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最終コーナーを曲がった所で、少しだけ上体がブレた。カーブに体を引っ張られ、砂埃が一瞬舞い上がる。しかし蛍光イエローのスニーカーが、そうはさせないと言わんばかりに、砂の上をしっかりと踏み付ける。
「肩を引いて、出して! そう!」
「顎を引いて! 腰を伸ばして! そう!」
「広志、お父さんとの日々を思い出せ! よし! よーし!」
良くやった! 素晴らしい。二位ではあるが、大活躍だ。クラスメイトに囲まれて照れ臭そうに笑う我が子に、和夫は思わず涙した。
──俺の小学校の時も、こんな風に楽しい気持ちになれたら良かったな。
なんだか、羨ましいな。
『ピンポンパンポーン』
『次の競技は、親子二人三脚です。出場者の方は、集合場所にお集まりください』
息子の願いは叶えた。しかし、何か満たされないものを感じている。それは、遠い昔に叶わなかった願い──。
次は俺の願い事を叶える番だ。和夫は靴紐をギュッと結び、広志の元へ歩いて行った。
スタートラインで肩を組むと、一瞬の静寂に包まれて、昔の記憶がよみがえる。
スタートの合図で走り出すと、幼かった自分の気持ちが溢れ出した。
いつもこうやって誰かの背中を見て来た。遠くなって行くのを、悔しい気持ちで眺めていたんだ。
今日も後悔した。息子を見て、後悔した。なんで俺はあの頃、何もしなかったんだろう。
足が遅い奴にしか分からないことがある。それは、人並みに走れた時の幸せだ。今日こそ掴み取るんだ。
神様、叶わなかった願いを、今日こそ叶えてくれ。
そして、できれば教えてほしい。
なんで足が速いと、モテるのか──。
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