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「広志、いいか。神様は……」
そう言いかけた和夫は、我にかえった。
人間の遺伝子には謎が多い。
「良くないところに限って似るのよねぇ」なんて、よく耳にする。和夫は全くもって、そんなことはないと思っている。根拠のない迷信に振り回されるのは愚かな人間のすることだ。
しかし、悲しいかな。和夫は思い出していた。
そう言えば、俺も昔願ったことがある──。
和夫は再び広志の坊主頭をシャシャっと撫でると、「家まで走ろうか」と言って走り出した。
家の前では、妻の晶子がプランターに植えられたコスモスに水やりをしていた。そこに向かって走って来る二人は、顔を前に突き出して、肘から先を懸命に振っている。その上、へっぴり腰だ。
──あらやだ、そっくりだわ。良くないところは、似るものね。
晶子は迫り来る二人の姿に笑いを堪えた。
「お父さん、速いよ! ちょっと待ってくれてもいいじゃん」
「大丈夫。広志も速くなるよ。神様にお願いしたもんな」
「うん。お母さん、僕、さっき神様にお願いして来たんだよ!」
あっさり内緒にするという約束を破った父と、それに気付かない息子。プランターのコスモスは、クスクス笑うように優しく風に揺れていた。
晶子は眉間に皺を寄せ、頬を膨らませると「あらそう。じゃあ、運動会楽しみね」と言った。
そうか、広志の運動会まであと一ヶ月か。なるほど、そのためにね……。和夫は幼い頃の自分の葛藤を思い出し、ある決断をした。
──よし。俺が神様の代わりに、コイツの願い、叶えてやろう。
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