和夫と広志の運動会

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 運動会まであと一週間。毎朝続くトレーニングは、神社まで走って手を合わせ、帰り道も走る。往復で八百メートル。  帰路は短距離走を繰り返す。全力で走っては休憩し、また全力で走る。和夫は時々スピードを緩め広志と並走し、走る姿を見ていてずっと思っていたことがある。 ──走るフォームが悪い。  顔を前に突き出し、手は肘から先だけが小刻みに動く。足の運びは遅くはない。が、一歩の幅が狭い。さらにはへっぴり腰。  和夫は気付いていた。誰に習ったか知らないが、このフォームを直せば、きっと速くなる──。  和夫はトレーニングを終えた玄関先で息を整えながら、ストレッチをした。履き慣れた靴から、心地よい疲労感が足に広がる。  そのまま走るフォームを教えようと、もう一度靴紐を固く結んでいると、不意に広志が不安そうな目で和夫を見て言った。   「お父さん、僕、少しは速くなったかな?」   運動会まであと一週間。正直伸び悩んでいた。しかし、今更走り方を変えろと言うのは酷かもしれない。今までの積み重ねを、無駄に思うのではないだろうか。  しかし、心を鬼にしなければ。  大変な思いの先に掴み取る喜びは大きい。親として、それを教えたい。  誰かにとって、速く走ることは当たり前のことだ。  誰かにとって、それはとても困難なことだ。  不公平かもしれない。悔しい思いをいっぱいして来ただろう。でも、知ってほしい。 ──できた時の喜びは、できない奴にしか、わからない。 「広志、いいか。よく聞け。お前の走り方な、ちょっとおかしいんだ。誰に習った?」 「お父さんだよ」 「あなたに決まってるじゃない」  玄関の向こうからの声に合わせるように、プランターのコスモスが、また、優しく風に揺れた。
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