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僅かな力
森の精霊ドリュアスは、この村に入ってからある人物を探していた。
それはナギラスとリシャルトだった。
ルーファスに、どうなっているのかを確認して欲しいと言われてそうしたのだが、この村に入ってから棒に刺さった人の頭を見て戸惑ってしまった。
こんな残酷な事をする者がここにいるのだと思うと、その人物はもう殺されているのではないか。そう考えた。
その二人は親子だと言っていて、子供の方は力があり、フューリズという者を押さえる事が出来るのだと言う。
そのフューリズと言うのが復讐の女神の生まれ変わりとされていて、この瘴気を放つ者だとルーファスは言っていた。
瘴気はとても強く、その場に元々いた妖精や精霊が逃げ出す程だった。
この地を守る精霊や妖精がいなくなると、土は枯れ、天からの恵みが得られなくなり、地は荒れ果ててゆくのだ。
そんな場所を作り出してはいけない。それが森を守るドリュアスの役目であった。
魂の気配を辿ってさ迷う。リシャルトは力があると言っていた。それは魂に宿るもの。対抗できる力なのであれば、その魂は美しいものだと想像できる。
その魂を探して漂って、うっすらと感じる光を見つけた。そこは馬小屋だった。
頑丈に閉ざされた扉を容易くすり抜けるとそこには数頭の馬がいて、その一番奥に感じた魂があると分かった。
フワリとそこまで飛んでいき、目にした現状にドリュアスは声を失ってしまった。
そこにあったのは、いや……そこにいたのは、見るに堪えない状態の親子の姿だったからだ。
手足が拘束されてあり、それが少しずつ有らぬ方向へと回転していく拷問具が付けられてあった。
ナギラスは首も100度程回転していて、これ以上回転するともう息も出来なくなるだろうと思われた。
「こん、な……っ!」
「あ、あ、う、ぁぁっ!」
痛みに喚く事しかできずに、リシャルトは涙を流して、だけど声にはならない声を発するのみとなっていた。
いくら精霊と言えど、こんな酷い状態を見ては動揺する他なかった。
捻られた手足からは皮膚からはみ出した骨が出ており、出血し肉片が飛び出て、思わず目を逸らしてしまう。
「ディナっ! お願い、ディナっ!!」
思わずドリュアスは空間を司る精霊、ディナを呼んだ。
目の前に歪みが出来て、そこから現れたのはディナだった。そしてこの状況を見て眉をしかめた。
「お願い、この二人をここから連れ出して!」
「なんて酷い……人間って、こんな事が出来るのね……」
「ディナっ!」
「分かったわ」
拘束されていたナギラスとリシャルトは、ディナの空間の歪みによってその場から別の場所へと飛ばされた。
着いた所はウルスラのいる森だった。
切り株に座って薬草の花と話をしていたウルスラの目の前がいきなり歪みだして、その歪みからディナが傷だらけの人を二人連れて現れた。
突然の事にも驚いたが、あまりの酷い状態の二人を見て、ウルスラは更に驚いた。
「あ、あの! この人達、どうしたの?!」
「拷問を受けたみたいなの。手足がボロボロよ。使い物にならないかも知れないわ」
「こんな……酷い……! なんでこんな事……」
「強い瘴気が漂う村があってね。ドリュアスとルーファスって子が乗り込んだのよ。そうしたら彼等がこんな姿でいたの」
「ルーファス?!」
「そうよ。ずっと貴女を探していたわね。まぁ、ここにはたどり着かせなかったけど」
「ルーは?! ルーは大丈夫なの?!」
「分からないわ。彼等のようになっているのかも知れないわね」
「そんな……っ!」
「ドリュアスに言われて助けたけど……このままじゃ助からないかも知れないわ」
目の前に瀕死の状態の二人を見て、見覚えのある人だとウルスラは気づいた。それは、国王にウルスラが慈愛の女神の生まれ変わりだと言った親子だった。
何故こんな事になっているのか分からないけれど、とにかく助けなきゃ! でも自分にはもうそんな力は無いかも知れない。ルーファスに力の殆どを渡した自分にはもう助ける力が無いのかも知れない。
そうは思っても、放っておく事なんて出来なかった。
「治って……治って……!」
そう言いながら、リシャルトの傷ついた腕に手を向ける。すると、淡い光が手から出て、剥き出しになった割れた骨が修復されるように元に戻っていく。
まだ自分には少しでも力があるのだと思ったウルスラは、続けてもう片方の腕、そして脚へと光を当てていった。
前なら体全体を覆うように出来たけれど、今はそれは出来なくなっている。それでも回復できた事に安堵した。
ナギラスにも同じように回復させる。そうしてナギラスとリシャルトは一命をとりとめた。
けれど完全回復は出来ていなく、まだグッタリとしたまま目を覚ます事も出来なかった。
「ねぇ、お願い! 皆の力を貸してあげて!」
ウルスラは辺りに咲いている花に向かってそう言いながら、歌を歌った。
その歌声を聞いて花達は、横にユラユラ揺れながら光を放っていく。その光は優しく傷ついた二人を包み込む。
さっきまで顔面蒼白であった二人は、徐々に血色を取り戻していく。
リシャルトはゆっくりと目を覚ます。けれどまだ体は動かない。それでもあれだけの傷の痛みが無くなっていて、体が癒されているのが分かった。
うっすら目を開けると、美しい人が心配そうに自分を見ているのが見えて、女神が助けてくれたと思った。
それから安心したように、また意識を失った。
その様子を見ていたディナは驚きつつも感心した。
力の大半を失っても、まだこんな事が出来る事と、そのウルスラの献身的な姿が美しいと感じたのだ。
それでもこれだけ力を使ってしまったウルスラは、その場で倒れそうになってしまう。それを何とか堪えて切り株に腰掛ける。
「すごいのね……でも貴女、大丈夫? 体力は殆どないようだけど」
「うん……大丈夫……」
「ここで暫く休んでいたら回復しそうね? その花、凄いわね」
「あ、の……お願いが、あるの」
「なぁに?」
「ルーの所へ連れて行って……」
「ダメよ。そんな体で。貴女が倒れちゃうわ」
「ルーがいる場所は、こんなに酷い事をする人がいるんだよね……?」
「だからこそ、貴女は行っちゃいけないわ。今にも倒れそうじゃない」
「でも、そうしたらルーはどうなるの?!」
「貴女に彼は酷い事をしたのよ? 力を奪ってそんな体にしたのは彼なのよ?」
「良いの! ルーになら良いの! ルーだからなの! だからお願いっ!」
「貴女の体が持たないわ」
「でもっ!」
「魂だけなら良いのに……」
「え……」
「体を捨てて、魂だけの存在になれば彼を助けられるかもね」
「それは……どういう……」
「私たちのような存在になるって事よ。貴女は特別な魂を持っているから、そうできると思うのだけど」
「え……でも……それは……」
「……冗談よ。さ、もう彼の事は諦めなさい。まだ生きていたらここまで連れてきてあげるわ」
「ねぇお願い! お願いっ!! 私を連れてって! 会いたいの! ルーに会いたいの!!」
「ウルスラ……」
「ルーだけなの……幸せな思い出はルーといた時だけだったの……お願い……」
「そんな目で見ないで……」
「私の……一番好きな人なの……愛してるの……」
「…………」
ディナにもそう思える存在がいる。夢の精霊は自分の伴侶だ。その存在が危うくなっていたら、自分も何をおいても駆けつける。何か出来なくても、力になりたいと思う。
ディナはウルスラの気持ちが分かってしまった。
何も言わずに歪みを作り出してディナはその歪みに入って行くと、鉢植えの薬草の花を手にし、その後を追うようにウルスラも歪みに入って行った。
歪みを抜けて来た場所を見て、ウルスラの足は止まってしまう。
そこは見るも無惨な状態が繰り広げられていたからだった。
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